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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

脾臓と海月

作者: 薇氷菓
掲載日:2026/03/21

故郷の島で高校の同級生が死んだらしい。

死因は、脾臓にできた悪性腫瘍だと。

今までにそんな話を聞いたことも、最後に会った成人式でも気にした素振りも見せてなかった。


底抜けにポジティブな奴だった。

所謂、根明ではなかったが、同級生の間でも一目置かれていたタイプの男の子だった。

高校三年生の時の文化祭のミスコンで、同級生の男子全員が結託して悪ノリで彼をノミネートさせたときがあった。

彼は予想を超えてきて、檀上で同じくミスコンで選ばれた高根の花の女の子に告白をしてみせた。

その返事が「はい」であったことは、当時の男子たちの青春の語り草だった。


脾臓の疾患。

思い出せば、大学の実験でラットを解剖したとき、脾臓を取り出して見せられたことがあった。

第一印象は、「これは臓器とよぶに値する部位なのか」であった。


印象的だったのはその赤黒さだ。

親指の爪と同じかそれよりも一回り小さな、細長い豆のような形をした臓器。

上下にのぞき込み、回してみても、拭いきれないその「異物感」。


それは麻酔を投与し仮死状態にしたラットの腹を、鋭く滑らかなナイフで裂いたとたんに顔をのぞかせた。

ぬめりを伴った赤色半透明の体液によって、てらてらと実験室の青白い光を反射させていた腸、膵臓、胆のう、肝臓といった生命の暴力性を隠すことなく醸し出していた臓器の類をかき分け、切り裂き、除いていった先に見つけたそれは、ある種の宝石の様であった。


だけど生命維持装置と呼ぶにはあまりに無機質で。

だからそれが人を殺し得るといった感覚が、いつになっても腑に落ちず、違和感の形を保ったまま私の感性へと徐々に浸潤することとなった。


時折感じる居場所のなさ。

私と世界の隙間にに時折現れる「異物」が漂う夜には、必然的に覚醒と静寂との背反する二事象が邂逅することになる。

そんな夜に調べて、分かったことがあった。


脾臓は不必要な臓器らしい。

外傷や腫瘍を生じた時に切除しても、多少の免疫機能が落ちるだけで、ほとんど生活に支障をきたさないものだということだ。

ただし肺炎球菌やHibのワクチンを打つ必要があるらしい。


余談だが、寝付けなかったと言っても、彼への喪失感が大きかったわけでない。

その当時が大学の研究室の配属が決まった時期で、別の研究室に配属となった同期とのお別れや、新しい所属への挨拶のための飲み会が連続して、すっかり生活リズムを崩していたのであった。


別れはほとんど例外なく悲劇的なものだと思っていたが、実際はいろいろな種類のものがあるらしい。

少なくとも、彼は私にとっての「親友」や「思い人」の類ではなかった。

どこか遠い存在だったに過ぎないのだと、他ならぬ彼を思い出しつつ気づいた。


これは今思い出したことだが、修学旅行のでスキー体験をした時、傾斜を下るときに彼と激突しそうになったことがあった。

幸い彼にぶつかる寸分前に、指導員の人が私の服を掴み、私についた勢いの殆どを殺してくれたために大事には至らなかった。


私がきつく結んだ瞼を開いたときには目前に彼の胸があった。

私は、帰宅部である彼の、想像よりずっと逞しい体つきに、呑気に気づいていた。


私が顔をあげた先にあった彼の表情は笑っていて、私に何かを語ったが、うまく聞き取れなかった。

アクシデントの中で私が興奮状態にあったからなのか、吹雪の日で彼の声がかき消されたのかは定かではない。

しかしながらその時触れた彼の体温の記憶が、その曖昧な彼の口ぶりと共に徐々に私の中で温度を失っていっているのは、その湿った雪の中にいた時からずっと彼への解釈を見失い続けている所為に違いないということだけは、今はっきりと解っているのである。

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