《第四話 日課の筋トレです》
スヤサキはアパートの出口を出てすぐ横にある電柱にコアラのようにしがみついていた。
「な、何やってんの?スヤサキ」
「うぐぅ〜地面が熱いよ〜真神く〜ん」
スヤサキは涙目になって訴えてきた。スヤサキの白い素足は足の裏がヒリヒリと真っ赤になっているのがわかる。よく見ると血が出ているようだ。足を切ってしまったのか?
「大丈夫か?スヤサキ。さっきはごめん。少しからかいすぎた」
「うう〜…」
「なあ、部屋に戻ろう。実はモッチ・de・リングはもう一個あるんだ。スヤサキをからかった後にあげようと思ってたんだ。だから許してくれ」
「うう〜…何味?」
「苺だ」
「…戻る」グスッと涙を拭いてスヤサキは電柱からスルスルと降りてきた。
「いたっ!」スヤサキは地面に尻もちをついた。やっぱり足をケガしている。仕方ない…
「わ!わわわ!ちょっと真神くん!?な、何を」赤面するスヤサキをよそに俺はスヤサキを抱え上げた。そうお姫様抱っこで。
「お!軽いなぁスヤサキ?ちゃんと飯食ってるか?いや、飯はかなり食ってるか。ハハハ」
俺は高らかに笑った。
「もう!笑ってないで降ろして!これは流石に恥ずかしいかな!」
「遠慮するなよ。アパートはすぐそこだからこのまま行く」
「ええ!?こんなところ誰かに見られたらボク恥ずかしいよ」
スヤサキは真っ赤になった顔をこちらに向けて潤んだ瞳でそう言った。でも俺は構わずスタスタとスヤサキをお姫様抱っこしたまま自分の部屋に向かった。その間もスヤサキはぐずり続けたがお構いなしに階段を登った。これも良い筋トレだ。
「ほいほい、ほいほい」俺は階段を一段あがるたびに無駄に腕を上下させ、腕の筋肉を鍛えるダンベルカールのような動きをして登った。
「わ、わ、わ、わ、真神くんやめて!怖いよ」
「ほい!ほい!ほい!ほい!」
「や、や、やめてよ〜」
「ハァ〜ハッハッハッハァ〜」
「もう!…凄い力何だから…」なぜかは知らんが艶めかしい声でスヤサキはそう言った。
「おう!そうだろ?こう見えて毎日鍛えてるんだぜ俺は」
「こう見えてって、真神くんはいい身体してるよ」スヤサキは俺の胸板を触った。
「はぁ…かたい…」スヤサキはまた艶めかしい声で言った。
「スヤサキも鍛えろ。硬いのが育つぜ」
「ボクはいいよ。そんなに胸板厚くなると女装できなくなっちゃうし」
スヤサキの華奢な体は少し頼りないと思っていたが、スヤサキにはスヤサキのなりたい自分ってのがあるんだな。それにしたって軽いやつだな。ほいほいほい。
「ああ、もうそれやめてよ〜ああ、あああ」
スヤサキを上下させながら階段を登りきった俺は部屋の前までたどり着いた。ドアは閉まっていたようで安心した。さて両手が塞がってる俺はドアを開けることができない。困った困った。ほいほいほい。
「もう!部屋に着いたよ。早くドア開けてよ」
「それなんだが俺は今両手が塞がっていてドアノブを掴むことができないんだよ」
「ならボクを降ろせばいいでしょ」
「それはできない」
「ええ!?なんで!?」
「まだレップ数が残っている!」
「なに!?れっぷすうって?」
「レップ数とは筋トレするときに1セットの中で反復する回数のことだ」
「へぇ〜、そうなんだ〜、ってそうじゃない!とにかく降ろしてよ真神くん!」
「ほいほいほいほい」
「うわぁぁあ」
「ひぇっ!」ドサッ!
俺がふざけてスヤサキをダンベル代わりにしていたら何かが落ちる音と女性の悲鳴が聞こえた。
「なんだ?…あ!どうも」
俺はそこの立って口を手でおさえている女性に挨拶した。
「だ、誰かな、真神くん?」
「ああ、紹介するよお隣の部屋に住んでいる朝霧さんだ」
「あ、どうも朝霧です」朝霧さんは気まずそうに目線をそらして自己紹介した。
「あ、どうも須夜崎です。こんな格好ですいません」
スヤサキも俺にお姫様抱っこされたまま自己紹介した。
「廊下で…いったい何を…?」怯えながら聞いてきた朝霧さんの問に俺は「日課の筋トレです」と応えた。
ペチン!
「あた!?」俺はスヤサキに頭を叩かれた。
「もう!変なこと言ってないで一旦降ろしてよ。恥ずかしいんだから」
「でもお前、足の裏をケガしているじゃないか」
「そ、そうだけど…とにかく降ろして!ここまで来たら片足ケンケンで部屋に入れるから」
「それもそうか」俺はスヤサキを廊下の床に降ろした。筋トレの時間は終了だ。
スヤサキは怪我をしていない方の足だけ地面につき、俺の体を支えにして廊下の床に立った。
「あの…ケガされてるんですか?その方…」朝霧さんは怯えながらもスヤサキを心配していた。落とした買い物袋をそのままに近くまで寄ってきた。
ふわっと金木犀の良い香りが鼻をくすぐった。
「あれ…?女性?…」
ビクゥッ!スヤサキの体が大きな音に驚いた猫のようにビクついた。スヤサキはまた俺の体に飛びつき怯えるような目で朝霧さんを見た。




