《第三話 そんな遠慮するなよ》
俺はモッチ・de・リングを口に運んでかじりついた。一口で半分がなくなった。
「う〜ん、モッチモチだぁ」俺は大げさに感想を言った。
「うぐぅ〜」スヤサキは目の前で新作ドーナツを頬張る俺を恨めしそうに睨んでいる。
そして二口目でモッチ・de・リングを全て口の中に入れた。大きい口は楽しみがすぐになくなってしまうなぁ。でも大丈夫。
「さて、もう一個食べちゃおう」
「うがぁ!?うぐぅーーー!」スヤサキはハンカチを噛み締めて涙目で睨んでいる。
うんうん。効いてる効いてる。女装してエッチなからかい上手のスヤサキくんだが、今日は男装スヤサキくんなので俺の純情な心は乱されることもない。さらにこのチャンスを逃さないために駅前のミセスドーナッツでスヤサキが好きそうな新作ドーナツを買ったのだ。
「ひどい!ひどいよ!真神くん。ボクのモッチ・de・リングを食べちゃうなんて!許せないよ!ボクが楽しみにしていたモッチ・de・リングを二口で食べてしまうなんて!しかももう一個食べようとしているだとぉぉ!?ボクがいったい何をしたって言うんだぁぁぁっぁ!?」スヤサキは言いたいことだけ言って、机に突っ伏して泣き始めた。
まず、お前のドーナツじゃないからな?100パーセント被害者面をしていることに驚いたよ。驚愕だよスヤサキくん。逆に痺れるねそこまで来ると。
「こうなったらここにミセドのデリバリー呼んでドーナツパーティするから!」
「おいやめろ!何を勝手なことしようとしている?自分の家に帰ってからにしろ。俺はこの後『喫茶ペンブローク』でバイトがあるんだ。デリバリーなんて待ってられないぞ」
「大丈夫!真神くんがバイトしている間はボクがこの部屋を守るよ」
「そんなのダメに決まってるだろ」
「ええ〜?どうして〜?まさかボクには見せられないようなエッチなものとか隠してあるのかなぁ?」スヤサキはニタニタと笑みを浮かべて俺をまたからかい出した。
「そんなものは無い!見せてやる!俺がお世話になっている女神たちの美しい映像を」
「え!?」
俺はノートパソコンから大手大人のサイトを開きストリーミングを再生した。
ノートパソコンの画面いっぱいに女性の裸体が映し出された。
「!!???!?!??!?!?」
スヤサキは顔を真っ赤にして驚いた。顔どころか全身まで赤くなっている。通常の三倍は赤い。おいおいおいおいおいおい!なんだその反応はまさかこういう映像を見たこと無いのかぁ?まだ女優さんが裸体になっただけだぞ?まだ前戯も始まってない。UBUだなスヤサキくんは〜
「どうしたんだぁスヤサキ?顔が真っ赤だぞ。ジ◯ン軍のシ◯アか?」
「い、意味わからないこと言ってないで、早くけ、けしてよ」スヤサキは顔を手で覆いながら言った。
「なんでだよ男同士だから良いだろたまには」
「ボボボボボ、ボクは遠慮しておくよ」
うろたえているスヤサキだが、映像は男優が出てきて女優と熱いスキンシップを始めていた。
「そんな遠慮するなよ」
「遠慮するよ!」スヤサキはシャーっと猫のよう怒った。
「なんでだよ。楽しいぞ一緒に観るのも〜男同士の仲を深めようじゃないかスヤサキ」
俺はスヤサキの肩を抱き、しっかり画面が見えるように体を向けさせた。
画面からは女優さんの艶めかしい声が響きわたる。スヤサキは両手で顔を覆い隠したまま断固として画面を見ない。なんて頑なな。なんだか俺が悪いことをしているような気がしてきた。
「すまんスヤサキやりすぎた」
「ムーッ!」スヤサキは頬をぷくぅっとお怒りの表情だ。木の実を頬張ったリスのように頬が膨らんでいる。
「男同士でも恥ずかしいんだからやめてよね!」スヤサキはプイッとそっぽを向いてしまった。
「わかったよ。なんだよ〜一緒に見たかったのに」
「いいから!早く消してよ」
俺は画面を消す…ふりをして音量を消音にした。
「ほい、消したぞ」
「もう、ふざけないでよね……うわぁあああああああああああああkhfjわいふぇいふぁh8ふぃfにあwふぃfんf」
スヤサキは安心した様子でノートパソコンの画面をもう一度見てみたが、阿鼻叫喚。スヤサキは言葉にならない叫び声を放った。
ノートパソコンの画面には無音の中、絶賛ハッスル中の男女が映っていた。
「悪い悪いちょっと意地悪してみただけだ、スヤサキ。今消すよ…ってあれ?スヤサキ?」
俺がスヤサキの方を振り返るとそこにはスヤサキの姿はなかった。
開け放たれた玄関の扉と空になったドーナツの皿があった。
「あいつ…どこに行ったんだ?そして俺のドーナツも」
取り残された俺は玄関を見てみるとスヤサキの靴がまだあった。
「あいつ裸足で出ていったのか?」
何やってんの!スヤサキ!怪我するぞ。俺は急に心配になった。
俺はサンダルを履いて、家を飛び出した。家の鍵も持たずに飛び出した。
玄関の扉は閉めたかわからない。閉めてなかったら風が閉めてくれるだろう。でも今はそんなことよりスヤサキだ。俺は少し調子に乗りすぎた。いつもからかわれているからちょっとくらい仕返しにからかってやろうとしただけなんだ。でもそれがダメだった。真っ赤になっていくスヤサキが面白くて、もっと真っ赤にしてやろうだなんて思ってしまった。
俺は階段を駆け下りる。最後の五段は一気にジャンプして飛び越えた。着地の衝撃が膝に来た。よろめいて倒れそうになる。でも倒れてはいられない。サンダルが脱げたが、気にしていられない。夏の陽射しに熱くなったアスファルトを裸足で駆ける。
「あっつ!」やばい!熱いじゃねえか!?クソ!
スヤサキはアスファルトがこんな熱さになっているのに構わず裸足で走って行ったのか?
俺はアパートの出口を出てスヤサキが行くであろう駅の方へと向かった。向かおうとした。
「真神く〜〜〜ん、足が熱いよ〜」
ズコーーーーーー!
俺は勢い余ってコケてしまった。




