《第十六話 本当にワンちゃんみたいだね》
時は来た!
今日は日曜日。日向が素材の調達に出かける日だ。竜田姫の情報によると、とある繊維街まで行って水着の素材を買いに行くみたいだ。涼風が急遽、北海道に行ってしまったことで素材調達が大変になったということだ。そこで竜田姫は俺に日向のお手伝いをするよう提案した。
あの日以来、日向とは全く会話をさせてもらっていない。俺はあの時いったい何をしてしまったのか?いや、今はそんなことはどうだっていい!せっかく日向と仲良くなれそうだったチャンスを逃しそうなんだ。
俺は藁をも掴む思いで、親友のスヤサキに頼み込んだ。
「俺と一緒に日向の手伝いに行ってくれないか?」
親友のスヤサキは「わかったかな」と快く承諾してくれた。
「真神くんって運転できたんだね?免許持ってたんだ」
「まぁな、高校3年の時に取っておいた。スヤサキは車の免許取らないか?」
「ボクは運転しないかな。誰かが運転してくれるし」
誰かが運転してくれる…だと?お嬢様気取りかよ。男だけど。
俺とスヤサキは朝早くに待ち合わせをして、レンタカーを借りた。借りる車はどれでも良かったが、スヤサキが「絶対禁煙車が良い!お洋服にタバコの臭いがつくの嫌っ!」
と声を上げたので、その日空いている禁煙車を選んだ。
「なぁ待ち合わせ場所は大学で良かったのか?」
「うん、そうだね。今メールでそろそろ着くよって打つよ」
「うん、ありがとう……なんか緊張してきた…今日の俺変じゃないかな?」
「ええ!?特にいつもと変わらないよ。何?緊張してるって」
「だから言ったじゃないか!今俺は日向に避けられてるんだよ!」
「まぁまぁ。今日はボクも一緒だから大丈夫だと思うよ。それにメールでは真神くん同行してもOKって言ってくれたんだから、意外とサクラコちゃんはそのこと忘れてるかもよ」
不思議と同行を許可してもらった。でも不安がないわけじゃない。
「そうか〜そうかな〜そうだと良いな〜」
「フフ、悩んでるね?真神くん。そんなにサクラコちゃんと仲直りしたいの?」
「ああ、仲直りしたいよ。せっかくのチャンスだ逃したくない」
俺の話を聞いていたスヤサキは俺の横顔をジッと見つめたまま黙った。
「なんだよ?」
「いや、好きなんだね、サクラコちゃんのこと」
「へ!?あ!やべぇ!!!」
キキーーーーッ!!!!車が急停止した。
俺はスヤサキの言葉に驚いて赤信号になっていることに気づくのが一瞬遅れて、
ブレーキを思いっきり踏んでしまった。
「うわわわわわ!!!危ないよ真神くん!しっかり運転して!」
「お前が変なこと言うから!!」
「別に変なこと言ってないよ!ハンドル握ってるときは運転に集中してよ!」
スヤサキの言うとおりだ。気を抜いてると事故を起こしてしまう。今は運転に集中だ集中。
「………ふぅ〜」俺は深呼吸した。
「……ごめんね、取り乱すことを言っちゃって」
信号が青になった。俺はアクセルを踏んで車を前進させた。
「俺の方こそごめん。スヤサキの言う通り今は運転に集中しないとな」
「そうだね。それだと安心かな。ところで真神くんはサクラコちゃんのこと好きなの?」
「おい!だから!今はそういうこと聞くなよ!」
「フフフ、ごめんごめん。でもそのリアクションはわかりやすいかな。本当にワンちゃんみたいだね」
今度は耐えた。スヤサキのからかい攻撃から、俺は耐えた。そしていつもの大学の校門が見えてきた。校門の近くに一人の女性が立っていた。
チェリーカラーのワンピースとスニーカー、白いキャップのコーデ。肩にはトートバッグをかけている。俺が今一番仲良くなりたい女性。日向桜子、その人だ。
「そうだ、念の為これをつけようっと」
スヤサキはバックからサングラスを取り出して装着した。大学が近くなって顔バレしないように用心したのだろう。でもスヤサキの女装は完璧で誰も大学で見る「須夜崎夜空」だとは一発ではわからないだろうなと俺は思う。
俺は日向が立っている前まで車をつけた。スヤサキは助手席の窓を開けて日向に呼びかけた。
「おまたせ!おはようサクラコちゃん」
「おはようヨゾラ!なに?今日も女装メイクバッチリじゃない、すっごいイケてる〜」
「エヘヘ、ありがとうサクラコちゃん」
スヤサキはサングラスを外して日向にウィンクした。
「あ!真神おはよ〜今日はありがとね〜車出してくれて〜」
ビクッ!と俺は体を震わせた。
「あ、ああ。これくらいいいってことよ」
俺は恐る恐る日向の顔を見てみた。
「ふ、ふ〜ん、優しいじゃん、真神〜」
日向は汗をダラダラかいていた。目も全然こちらを向いておらず、顔も真っ赤だ。
「今日は暑いねサクラコちゃん、これ飲んで水分補給して」
スヤサキは日向にスポーツドリンクを渡した。とても準備の良いやつだ。
「ありがとうヨゾラ。気が利くわね。そうなの、暑かったのよ。お陰でこんなに汗が…」
日向が胸元の開いたTシャツの襟元を掴んでパタパタと風を胸の谷間に送っていた。
「真神くんもいるでしょ?」とスヤサキは俺にもスポーツドリンクをくれた。俺の頬にグイグイと冷えた缶を押し付けた。
「ぐえ!あ!ああ、助かる」
「ほらほら〜冷たくて気持ちいだしょ〜」
俺が日向の胸元を見ているのを察しやがった。当然スヤサキは俺に制裁を加えるのだ。




