《第四話 ヒマちゃん…しばらくハグ禁止…》
「ハァ…ありがと…ハァ…心配してくれるの?」
日向は息をハァハァ切らしながら、笑顔を向ける。俺は日向の首筋から流れる汗が胸の谷間に流れていくのを目で追った。日向は胸元が見える白のカットソーを着て、インディゴブルーのジーンズを履いている。大人の色気がムンムンのとてもセクシーなシンプルコーデだ。
「日向が運痴だとは知らなかったよ。驚いた」
「うっさい!運痴って言うな!……はぁ…そんなに意外?てか汗すごっ」
首筋の汗をハンカチを取り出して拭くときに見えるうなじが綺麗だ。
「まぁな。運動できそうだと思ってたよ。美術部ってのも意外だな」
「絵を描くの好きなの。てか、なんで顔が赤いの?」
おっと、胸元を凝視していることがバレないよう目線を外す。
「…なんでもないよ、それより絵を描くのが好きなんだな。漫画家とか目指さなかったのか?」
「ふ〜ん?ま、いっか。アタシはね、イラストを書くのが好きなの真神、だから特に漫画家を目指そうとは思わなかったわ」
「ふ~ん、美術系の大学は受けなかったのか?」
「え!?」
「え!?って美術系の大学なら好きなイラストも学べるだろ?」
「そ、そう、なんだけど、衣類にも興味があったし、自分でデザインした服も作れるファッション科があるこの大学を受けたのよ」
「ほ〜そうだったのか、衣類にも興味が、そいつはいい選択をしたな」
「うん、で、でしょ?」
「ジーーー」
竜田姫が日向を疑いの目で見つめる。
「な、なによ。ナデシコ、その目は?」
「別に…なんでもない…」
「あれ〜サクラコどこ行ってたのよ〜?後ろ振り向いたらいなくなってて〜、びっくりしちゃった〜」
日向に追われて逃げていた涼風が戻ってきた。どこまで逃げていたんだろうか。
「アンタの足が速すぎるからいけないのよ。こっちは文化部出身なんだかね」
「そんなぁ〜アタシそんなに早く走ったつもりないわよ〜」
「ヒマちゃん…あれはサクラコが運痴だから仕方ない…」
「もう!運痴じゃないってば〜」
「イタタタ…ごめん、サクラコ…グリグリしないで…」
日向は竜田姫のこめかみに両手の拳をグリグリと押し付けてお仕置きをしている。某嵐を呼ぶ五歳児の母親が得意とするお仕置きだ。懐かしいじゃあねぇか。
「日向…お前?」
「なによ?」
「お前、母ちゃんみたいだな」
「うるさい!産んでないわよ。こんな大きい子!」
「大きい…」
日向に大きいと言われたことが嬉しかったのか、キラキラした目になる竜田姫。
「え〜ナデちゃんはちっこいよ〜」
「ちっこい…」
今度は涼風にちっこいと言われて、ショボンとする竜田姫。
「もう!ヒマワリ!ナデシコ泣かさないでよ」
「やぁ〜ん、ナデちゃんは小さいほうがハグしやすいの〜」
ハグをしようとした涼風をサッと避ける竜田姫。そしてぷくっと頬を膨らませて静かに怒った。
「ヒマちゃん…しばらくハグ禁止…」
「ええ!?なんで!!!!?」
「「アハハハハハハ」」
水をぶっかけられたように驚く涼風を見て、
俺と日向は目を合わせた後、大いに笑った。
「お邪魔します。おお…」
日向たちに案内されたのは、大きな教室の中をパーテションで区切りを作り、二部屋にした内の一室だ。部屋の真ん中には大きなテーブルがあった。
テーブルの上には緑のカッティングマット、定規、服の生地らしき布が置いてある。ミシン台も二台ある。
部屋はエアコンが効いていて、とても快適な空間だ。
話に聞くところ、この一室は日向のチームだけが使っているらしい。
パーテンションで区切られた隣の部屋も同じ作りで、日向たちとは違うチームが使っているみたいだ。
他にも今度の水着コンテストに出るチームがあるということだな。
「散らかってるけど、そこに座って」
日向に言われて、テーブルの近くにある丸椅子に腰掛けた。
「おう、ありがと。でも俺も入って良かったのか?俺はメモを渡すだけのつもりだったんだが」
「良いのよ。本人がいない以上マネージャーのアンタに水着のデザインを見てもらわないといけないしね。何かNGな柄とか色とかあったかしら?」
「ちょっと待ってくれ。えーと…確かこう言っていたような」
俺はスヤサキのスリーサイズを測った時のことを思い出していた。
◯
「さぁ真神くん、上がって」
「お、おう…本当に今日はお前だけなのか、スヤサキ?」
俺はスヤサキ宅にお呼ばれしていた。高級タワーマンションの一室だ。話によるとスヤサキは兄と二人暮らしであるようだ。リビングに通された俺は驚愕した。こんな広い部屋を二人だけで使っているのか。リビングだけで俺の住むアパートの部屋が入って余っちゃう広さだ。
「う、うん。でも仕方ないよ。今日は兄が仕事で外に出てるし、サクラコちゃんにボクのスリーサイズを早く伝えないと、水着の制作に支障をきたすみたいだし、今日しかないかな」
「でも、俺はやったことないぞ。道具も何も持ってきてないしさ。なにより嫌がってたじゃないか?」
俺は手ぶらで来ていたのだ。
「大丈夫、ボクが教えてあげるから…一人でやるより正確だと思うし、真神くんだけは…特別だよ。少しだけ待ってて、今水着に着替えるから」
後ろを向いて言うスヤサキの表情は見えなかった。
「え!?わざわざ水着に着替えるのか?Tシャツの上からでもいいんじゃないのか?」
「そんなのだめだよ。せっかく水着作ってもらうんだから」
「そんなものか」
「そうだよ」
「じゃあ待っててね」
俺はリビングに一人取り残された。
「二人で住むには広すぎだろ…」




