《第七話 シノちゃんと脱走ハムスター》
俺はステージの機材を片付けていくスタッフの手伝いをしながら、誰も居なくなった会場に忘れ物がないかを確認して回る。
どうやらルーナのファンはマナーも良いらしく、ゴミなどは落ちてはいなかった。
こういう印象が推しのアイドルのイメージアップにも繋がっていくんだ。
ステージの上には何もなかったのを再度確認して帰ろうと思っていたら、キラリと何かが光ったのが見えた。
近づいて見てみるとそこには星型のイヤリングが落ちていた。
誰の落とした物だろうか?
ステージの上に落ちていたから、機材を片付けたスタッフさんかもしれない。
それかこのステージ上で踊っていたルーナさんのものだろうと思われるんだが…はたまたライブを見に来ていたお客さんの?
それだったら後日取りに来るのを待つしかないか。
とりあえず俺はスタッフさんか、ルーナさんに確かめに行くことにした。
まずは近くにいるスタッフさんに声をかける。
俺はステージの袖にいたガタイの良い男性スタッフに声をかけた。
「あの、すみません。この星型のイヤリング、スタッフのどなたが落とされたりしませんでしたか?」
俺は手の上に乗せた星型のイヤリングを見せる。
「ん?いや〜分からないね。そんなイヤリングをしてるヤツ、うちにいたかな?
ちょっと待ってな、他のヤツにも聞いてみるからよ」
俺の持っている星型のイヤリングを見たガタイの良い男性スタッフは心当たりがないようで首を傾げるも、他のスタッフにも聞いてくれるみたいだ。
「はい、ありがたいです。お願いします」
「おう、任せておけ」とそのガタイの良い男性スタッフは他のスタッフに声をかけた。
一人ずつ聞いて回るのは大変だと思っていたから助かる。
「おーい、みんな〜ちょっとだけ集まってくれ〜」
ガタイの良い男性スタッフが一言声をかけると各々の仕事に取り組んでいた他のスタッフたちが一旦手を止めて集まってきてくれた。俺は手のひらにある星型イヤリングをスタッフたちに見せた。
若い男性は「知らないですね」
若い女性は「私のじゃあないです」
中年のおじさんは「見たことないなぁ」
誰も自分のものではないとのこと。結局、この星型のイヤリングの持ち主は誰もいなかった。
となると、あとはルーナさんかお客さんのものになる。
スタッフ達にお礼を言って、俺はルーナさんの楽屋に向かった。
次はルーナさんに話を聞いてみるか。たぶんルーナさんは今頃、楽屋に戻って帰り支度をしている頃合いだろうか、まだ帰っていないといいけど。
「いっ!イヤーーーー!!!!!!!!!!!」
ドサッ!ドンガラガッシャン!
なんだ!?なんだ!?
ルーナさんの楽屋の近くまでついたその時、突然大きな物音と女性の悲鳴がした。
俺はノックもせずに楽屋の扉を開けて、中に入る。
一番最初に目に映ったのは、楽屋の中で腰を抜かして床に座っているルーナさんだ。
ルーナさん、震えている?まさか変質者が入ってきたのか?
見たところルーナさん以外に人はいないようだが、変質者が入ってきたとなればお店の信用的にも良くない。
「あの!大丈夫ですか?」
返事はない。ショックで聞こえていないようで、呆然としている。ルーナさんの肩を揺らして、もう一度声をかける。
「大丈夫ですか?ルーナさん、何があったんですか?」
顔面蒼白になりながら何かを指差すルーナさん。
まさか!やっぱり変質者が!?どこにいるんだ!?どこに隠れていやがる!?
俺は額から汗が出ているのを感じた。
しかし、ルーナさんの指し示す方向に居たのは…
「ネズミ?……え?ネズミ?」
いや、よく見るとネズミというより、あれはハムスターだ。
ハムスターがひまわりの種を両手に持ってかじっていた。
そのハムスターは、全体的に白いパールホワイトに青みがかったグレーの体毛が混じったジャンガリアンハムスターだ。
「ジェス!?」
あれはマスターの娘のシノちゃんが飼っているハムスターのはずだ。名前は「ジェス」
「ああ!?ジェス!ここにいたのだ!」
「シノちゃん?」
慌てた様子で楽屋に入ってきたのは、甘栗色の髪をサイドテールにした女の子。
この喫茶店のマスターの娘さんで、名前は葛城シノだ。
「シノちゃん、ジェスが楽屋に入ってきちゃってるよ」
「うん、ごめんなのだ〜ヨウちゃん」
目に涙を浮かべながら謝るシノちゃんにジェスのことを聞いてみる。
「何があったのシノちゃん?」
モジモジしながらシノちゃんは答えた。
「実は…ジェスのお家をお掃除していたらシノのお部屋から逃げ出しちゃったのだ」
「そうか、ジェスのお家をお掃除していたら逃げちゃったか、マスターにはジェスが逃げ出したことはもう話したの?」
理由は単純なものだった。よくあることだ。だけど…
「まだパパには言ってないのだ。ジェスをお店エリアに入れたことがバレたら凄く怒られるのだ〜どうしよう~」