《第一話 日向桜子が待つファッション棟》
ジメジメとした梅雨も完全に過ぎ去り、本格的な真夏日が続いてきていた七月中旬。生徒たちは夏休みに入る前のイベントとして、ファッションコースの生徒が主催する「ファッションショー」を楽しみにしていた。
今年は「水着コンテスト」が開催することになったので男子たちは色めき立っている。フリー観覧にすると会場が人でひしめき合うことが予想されるとのことで、チケット予約制にしたそうだ。
男子たちの色めき立ちようと言ったら凄いもので、予約開始一時間足らずで、全席が埋まった。過半数以上が男子生徒の予約だった。欲望の獣たちがステージに立つ美女たちに熱い視線を送ることだろう。
大学の中庭にを散歩していると「ファッションショー」の会場設備が設営され始めている。工事関係者が真夏の日差しに照らされながら額に汗を流して設営している。ファッションショーでよく見るランウェイという細長い道も設営するみたいだ。かなり本格的になりそうだな。
会場の設営を眺めていたら、スマホがブルブルと震えていた。
誰からだろうとスマホを見てみると、はぁ〜とため息をつく。
スマホの画面には「日向」という文字が表示されていたのだ。
先日、古着屋で会った時に連絡先を交換したのだ。交換させられたというべきか。
「もしもし、なんだ?」
「何だじゃないわよ。どこほっつき歩いてるのよ。早く来なさいよ」
日向からの「早く来い!」というお怒りの電話だ。
「わかってる、今向かってるよ」
「どこにも寄り道しないでよね」
「わかってるよ。じゃあ切るから」
「あ、ま、待ってよ真神、切らないで」
「え?何だよ?」
「今日は一人で来るのよね?」
「え?ああ、そうだよ。スヤサキのやつが別の用事が入ってるからって、言わなかったか?」
「え、ええ。そうね。フフフ、そうだったわ。残念、ルーナに会いたかったけど仕方ないわね。フフフ。じゃあファッション棟で待ってるわ」
テロリン。それで通話が切れた。日向のやつ妙に上機嫌だったな。
こっちは少し憂鬱だというのに…
俺は少し緊張しながら、昔犬猿の仲だった日向桜子が待つファッション棟に向かった。
大学の西側に位置するファッション科の部室棟、通称「ファッション棟」は、普段はファッションコースに通う生徒しか使わない部室棟だ。大学の東側のには脚本家コースの部室棟もちゃんとあるが、このファッション棟に比べれば規模も小さければ、地味なものだ。
俺はファッション棟敷地内の入口にたどり着いた。
すると、「ごめんよ、そこ通して!」男が段ボールを抱えて入口から出てきた。
ぶつかりそうになった俺は「お!すいません」と避けて謝った。
ボーっと突っ立ていたら敷地内から段ボールを抱えて出てくる生徒の邪魔になっていた。
ファッション棟から出てくる生徒たちは、他の生徒とは少し違う。
おしゃれというか、奇抜なファッションの生徒が多い。今もぶつかりそうになった生徒はどこで着るんだ?というような真っ黒いピエロのような衣装だった。あんなのサーカスか映画の◯人鬼が着るファッションだ。
敷地内はお祭り前のような慌ただしさだった。夏休み前のファッションショーは数年ぶりの開催らしくて、ファッション科の生徒は気合が入っているようだ。
俺はあまりファッションショーには興味がなかったものの、今年は夏の水着コンテストが開かれるというので男子ならそれは一見の価値ありだろう。ということでファッション科ではない俺もワクワクしているのだ。
水着コンテストのモデルとして出場するのはこの大学の演技コースに通う女優の卵たちだ。そして今回の水着コンテストは女性限定らしい。演技コースにはそれなりの美女が通っている。俺の知り合いで言えば西園寺がそうだな。でも西園寺は家の都合で今は実家の大阪に行ってるというので今回は不参加だというのだ。残念。さらに残念なことに西園寺以外美女の知り合いがいない。トホホ…
一応、最近知り合った、というか前から知っていた日向がいるにはいるが、日向は出ないと言っていた。自分は作るの専門で人前で水着なんか着たくないとのこと。あの爆乳が水着で現れたら会場は凄い熱気になりそうだ。立ち上がってるせいで、椅子から立ち上がれない男子が続出するだろう。
日向の水着姿かぁ。俺は日向の水着姿を想像…いや、妄想してみた。たわわに実ったメロンが揺れていた。日向の着ている水着もメロンをモチーフにしたデザインで網状のデザインが施されていた。よくできているなぁと間近で眺めていたら、水着ではない!?ただの紐をメロンの網目模様の皮に見立てて作った。凄くエッロイ水着だった。我なが逞しい想像力、いや、妄想力。ツーーー。鼻からたらりと鼻血が出た。
「うわ!ヤバ!あの人鼻血出してる!?」
「…マジ、ヤバい」
俺の妄想タイムに突然二人の女子の声が割り込んできた。
目を開けると俺は二人組の女子に話しかけられた。
「あの〜大丈夫ですか〜?鼻血出てますよ〜」
え!?俺は自分の鼻下に人差し指を当てた。
「ああ、本当だ…鼻血出てる」自分の人差し指についた真っ赤な血を見て唖然とした。
「良かったらこれ使ってくださ〜い」
頭の上にお団子結びを一つ乗せた美女が自分のハンカチを渡してくれた。
「あ!いえ、悪いですよ。ハンカチ汚してしまうので」
俺は鼻を手で覆い隠してそれを拒否した。
「え?別に構わないし〜気にしないでよ〜」
鼻血をそのままにして置くにもいかないので、お言葉に甘えてハンカチを受け取り鼻血を拭いた。
「てか…アナタ…真神陽太?」
もう一人の美女…というか美少女がそう言った。その美少女は頭の上にはお団子結びを二つ乗せていた。




