《第十三話 使い魔の狼(オオカミ)がいいな》
「お、おい…そんなに怒ることないだろ…」
「ムゥ!」涙目になって睨むスヤサキ。
「ヨ、ヨゾラ、ごめんね。何か気に触った?無理なら自分で図ったものをアタシに渡してくれればいいから」
日向も突然の大声にあたふたして、スヤサキをなだめる。
「ふーっ…うん、そうするよ…ごめん」
ストンと席に座ったスヤサキは、残りのコーヒーをがぶ飲みした。
「お、俺もゴメンな。スヤサキ」
「う、うん…と、とにかく採寸は自分でやるかな…」
スヤサキは自分の体を他人に見られたくないようだな。でも水着は着てみたいようだ。単に体を触られたくないとかなのか?
「と、ところで真神?」
「ん?なんだ日向?」
「アンタはヨゾラのマネージャーなのよね?」
「まぁそうだな」
「ねぇどうなの?マネージャー的にヨゾラを水着にさせるのは?」
う〜ん、どうと言われても俺は名ばかりマネージャーだからイベントの出演等を決めるのはスヤサキ自身だ。俺はただ一緒に付いて行くだけの存在…そんな存在の俺が勝手に出演を決められないだろう。
「ねぇ、だめなの真神?」
「うっ、ど、どうなんだ、スヤサキ?」
目の前の女性が日向桜子だとわかったけど、やっぱりすげぇ美人だ。上目遣いで見つめられ思わず目を逸らして、スヤサキにふった。
「うん!自分で採寸していいいなら、水着着てみたい!だってサクラコちゃんの書いたイラストすっごい魅力的だよ!」
「あらぁ良いわね。じゃあコンテストの方にもついでに出てもらえるかしら?」
「うん、良いよ」
ニッコニコの笑顔で水着のコンテストに出ることを承諾した。良いのか、スヤサキ?
「本当に良いのかスヤサキ?水着コンテストなんていろんな人に注目されるんだぞ」
「大丈夫だよ。こちらにも出場するには条件があるから」
スヤサキは俺の耳元で小声で囁いた。
「ねぇ!ちょっと!何コソコソしてんのよ」
声を荒げる日向をなだめるようにスヤサキは応えた。
「サクラコちゃん、ボクがその水着を着てコンテストに出るには条件があるかな」
「条件って何よ?」
「それはね…これだよ!」
「お?なんだなんだ?俺にも見せてくれよ」
スヤサキは日向にスマホの画面を見せた。俺もその画面に何が写っているのか気になって、前のめりになって横からスマホを覗き込んだ。
ああ、なるほど。そういうことか。
「はぁ!…ちかい…」
俺の顔が近づくとなぜか頬を赤く染める日向だった。
俺とスヤサキは日向と吉祥寺のカフェで別れて、中野に戻ってきいた。
なんだかドッと疲れが押し寄せてきた。
スヤサキの買い物に付き合って入った古着屋には、昔馴染ではある日向桜子に出会った。日向とは正直仲が悪かったから、高校を卒業してからはもう合うことはないだろうと思っていたんだが、まさか同じ大学に通っていたとは…
選択しているコースが違えば出会わないこともあるようだ。
「俺はもう今日は帰るよ。スヤサキはどうするんだ?」
「ん?そうだね。ボクも帰ろうかな。サクラコちゃんに頼まれてるスリーサイズの採寸も早めに出さないといけないみたいだし」
「そうか。しかし、本当に水着コンテストに出る気なのか?」
「うん、そうだよ。サクラコちゃんもボクらの条件をのんでくれたから安心かな」
「まぁそうだな」
「真神くん。気合い入れてよね。マネージャーとしては初仕事だよ。ルーナのことしっかり守ってよね」
「あ!そうだったな。でも俺の仕事なんてそばで立っているみたいなものだろ?会場もいつも通っている大学内だし危ないことなんて起きそうにないだろう」
そうスヤサキは、水着コンテストに出場する条件として「須夜崎夜空」の女装ではなく、自身のバーチャルアイドルの姿「月見夜ルーナ」として出場することを提案したのだ。その提案を日向は承諾してくれた。
スヤサキは、自分の女装趣味を周りに隠すのに「月見夜ルーナ」で水着コンテストに出場する。これならば「須夜崎夜空」の「女装趣味」が周りにバレることもなく、「月見夜ルーナ」を大学の水着コンテストに来たお客さんにアピールできて、登録者数も増えるという。まさに一石二鳥の提案なのだ。
日向だけにはバレてしまった「女装趣味」だが、「月見夜ルーナ」というバーチャルアイドルのリアルイベントだと言えば、涼風と竜田姫にもスヤサキが女装を趣味として、街を出歩いていることを秘密にしたままにできるというのだ。
考えたな、スヤサキ。
「もう〜ボクの水着姿にみんながメロメロになっちゃって、変な気を起こす人がいたらどうするの?」
なんて自意識過剰なやつなんだ。と思いつつも月見夜ルーナの水着姿を想像してみた。
…………エロいなぁ。
「わかったよ。周りにそんな変なやつがいないか気を張っておくよ」
あのライブを見た内の一人としては、月見夜ルーナの人気は間違いないのだから
「うん!ありがとう!頼んだよ。君は月見夜ルーナを守る騎士!いやいや、使い魔の狼がいいな」
「使い魔ってなんだよ、いきなり」
「ちょうどルーナの活動に新しいキャラを入れたかったんだ。今日はサクラコちゃんに女装のこと知られちゃったけど、良いことも会った日だったな」
聞いちゃいなかった。そしてふとスヤサキはこんなことを言った。
「あ!新しい服を買うの忘れ…キャア!」
ピカッ!ドゴンッ!
突然の激しい雷の音にビビるスヤサキは女の子のような悲鳴をあげた。そして直後、激しい雨が降ってきて俺達の服をびしょ濡れにした。
スヤサキのシャツももちろんびしょ濡れにした。透けて見えるのは魅惑のパープル。紫色の下着だった。
スヤサキ………その下着はあかんやろ。




