《第九話 一匹狼って感じだったわね》
「嘘だ…そんなはずがない…」
驚愕の事実を突きつけられた。
まだ信じられない俺にスヤサキが追い打ちをかけるようにこう言った。
「現実を見なよ、真神くん。目の前にいるのはサクラコちゃんだよ。ちょっとイメチェンしてるけど、サクラコちゃんだよ」
「異議あり!どこがちょっとだ!目の前にいる大人の魅力がムンムンで綺麗で全てを包みこんでくれそうな俺好みの美人とその学生証に写るドぎつい山姥のような顔をした写真の女性とは明らかに違うだろう!?」
「ふ~んアタシのこと美人だと思うんだ〜?残念だけど、アタシはその日向よ」
お姉さんはその胸に手を当て勝ち誇ったように言った。
「まだあなたが日向だとは…」
「ううん、真神くん。この人はサクラコちゃんだよ。学生証と顔が違うのは確かに驚いたけど、この声はサクラコちゃん本人だよ。イメチェンしたんだね、サクラコちゃん。とっても可愛いかな」
「うん、ちょっとね。アンタも随分と可愛くイメチェンしたじゃない、
須夜崎夜空くん?」
ニコッと笑うお姉さんは、スヤサキの学生証を片手で弄んでる。
「うっ!…サ、サクラコちゃん、このことは誰にも言わないでいてほしいかな…」
「このことって?女装のこと?どうしてよ、女装が趣味でもいいじゃない?大学のみんなにも話してみたら?」
「それはダメ!…あっごめん、大きな声だして…でも女装趣味はバレたくないかな」
俺たちの席に周りのお客さんの注目が集まる。
「まぁそんなに嫌なら…誰にも言わないし、別に言う気もなかったわ」
「ホントに!?ありがとう」
「ただし!アンタら二人の関係は話してもらうわよ」
お姉さんはギロリと俺とスヤサキを睨んだ。俺とスヤサキは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「俺たちはそんな関係じゃない、そしてあなたは日向じゃない、そうだよね?」
「真神くんは放っておこうか、サクラコちゃん?」
「ええ、そうね」
俺のことは無視して、スヤサキと古着屋のお姉さんは話を進めた。
俺は深く深く自分の意識の世界に潜り込んだ。
「さっきも言ったけど、ボクと真神くんはただのお友達だよ。サクラコちゃんが心配してるような関係じゃないないよ」
「でもさ、ただのお友達がケーキの食べ合いっ子なんてしないと思うのよね」
「普通だよ、そんなの」
「そんなの嘘だわ。ケーキを食べ合いっ子だなんて、付き合いたてのカップルか、全然熱の冷めないバカップルしかやらないことよ」
確かに!お姉さんに言われてそう思ってきた。俺とスヤサキはかなり恥ずかしい行いをしていたのではないのか?
「ボクたちはバカップルじゃないかな、サクラコちゃん」
「じゃあなんでケーキを食べ合いっ子してたのよ?」
「そ、それはボクが女装してるときのお約束なんだよ」
「ケーキを食べ合いっ子するのがお約束ぅ?」
「うん、そうだよ。今回はケーキだったけど、他でもやりたいかな」
「他でもやろうとしてるの?今度は何でやろうとしてるのよ?」
「クレープ…とか?」
俺の顔を見るスヤサキは唇に指を当てて言う。
「なんだよ、クレープって?俺はもうやらないからな」
俺は深い意識の世界から戻ってきた。
「あ!帰ってきた。おかえり真神くん。どう?現実を受け止める準備はできたかな?」
「…………」俺は沈黙で返した。まだ自分の中で確証が持てないからだ。
「あ~まだ受け止めきれてないね。ところで、ふたりはいつから知り合いなのかな?」
「ん?高校からよ。アタシと真神は一緒の高校出身なの」
「へぇ〜そうだったんだ。高校時代の真神くんってどんなだったの?」
「そうね。同じ高校って言ってもクラスが同じだったことがなかったから知り合ったのもだいぶ経ってからなの。喧嘩ばかりしてるイメージだったわ。学校の不良グループとも喧嘩してたし、一匹狼って感じだったわね」
このお姉さんの言う通り、俺の高校生活は荒れていた。家庭の事情ってやつで俺は不貞腐れていたんだ。なぜそれを知っている?本当に日向桜子なのか?
「一匹狼…」スヤサキが俺の顔を見てそうつぶやく。なにかを思い出したかのように微笑みかけてくる。
「そう。友達もいなさそうだったし、可哀想だったから声をかけたことあるのよ。そうしたらこいつ、『うるせぇ!話しかけんな!このアバズレ』って言ったのよ!信じられない!どこがアバズレよ!」
昔のことを思い出してか、お姉さんは俺に文句を言ってきた。こんな美人にアバズレなんて俺が言うはずがないのだが、確かに日向桜子にはそんなことを言ってしまったことはある。
だが、なぜそれを知っているんですか?やっぱり日向桜子なのかなぁ〜
「ひどいよ、真神くん。見損なったよ。サクラコちゃんはアバズレなんかじゃないよ」
「そうよ、ヨゾラ。ひどいのよ、こいつは。デリカシーないのよ」
「うんうん、それにスケベェだしね」
「うんうん、そうスケベェなのよ……ん?スケベェ」
「そうだよ、スケベェなんだよ真神くんは」
「どんな風にスケベェなの?」
「一緒に歩いてたりするとわかるんだけど、いつも女の子のお尻ばかり見てるんだよ。おっぱいも見てるし…ドスケベだよ。」
「ふ~ん、自分は不器用ですからって硬派な顔しといて、ただのムッツリドスケベだったんだ、アンタ?」ニタァっと笑うその顔をはどこか懐かしい…というか見覚えのある笑顔。日向も俺をからかう時、こんな顔をだった。おかしい、化粧も髪型も全然違うのに、一瞬、あの頃の日向桜子と重なる。




