《第七話 スヤサキのあ~ん》
猫のようなリアクションのスヤサキで遊んでいたら、さらに猫化が進み、両手を猫の手のように丸め、「シャッ、シャッ」と目の前で動くレモンケーキにジャブを繰り出してきた。
「にゃ!にゃ!にゃ!」
「おお!面白い。猫が憑依してるみたいだ」
「にゃ!にゃ!にゃ!にゃ!」
「ほれ、ほれ」
「にゃ!にゃ!にゃ!」
「ほれ、ほれ、もうちょいだぞ」
楽しくなって、焦らし続けているとついにスヤサキの目が完全に猫目になってお尻をフリフリし始めた。
ええ!?お尻をふってる!?
「シャ〜〜〜!……」
フリフリが終わって、ついに飛びかかろうとした。
「させるか!」
サッとスヤサキの口にレモンケーキを忍ばせる。
「ふにゅ!?…もぐもぐ…もぐもぐ……にゃあ〜」
しばらく咀嚼して、この満面の笑みである。
「ん〜すっごく美味しいよ、真神くん」
スヤサキは人間に戻った。
あまりの美味しさにぐるぐると腕を回して、喜びをアピールする。
「それじゃ、今度はスヤサキのをもらうぞ」俺はスヤサキのケーキ皿にフォークを伸ばした。
「ダメ!」
スヤサキは自分のケーキ皿を持ち上げて、俺に取られないようにした。
「おい、なんだよ?俺にも一口くれる約束だろ?」
「勝手に食べちゃダメだよ」
「なんでだよ!?」
「ボクも真神くんに食べさせてあげたいかな」
「ええ!!??そ、それは恥ずかしいだろ!?」
俺はドン引きした。さすがにそれは男同士ではやりたくないぞ。
「いいじゃん、ボクもあ~んってやってみたいかな」
「い、いやに決まってるだろ!」
「ダメ〜!あ~んさせてくれなきゃあげないよ〜だ。いいのかな〜ボクが全部食べちゃうよ〜」
ケーキ皿を顔の横に持っていき、ニヤニヤしてこちらを煽っている。
何ニヤニヤしてんだ?俺がどうしてもマスカットのシフォンケーキを食べたいとそう思っているんだな?そうはいかんぞ。
「じゃあ、べついいや。いらない」
俺は自分のレモンチーズケーキを一口食べた。うん、美味い。
「え!?なんで?どうしてかな?」
「そんな恥ずかしい思いをするなら別にいいかなって」
「ええ〜!!いいじゃん、いいじゃん。あ~んさせてよ〜」
「お前なぁ、少しは考えてくれよ。男同士でそんなことできるかよ」
「大丈夫、大丈夫。今のボクはどう見ても女の子、真神くんの彼女見えてるかもね」スヤサキは自分の胸に手を当て自信満々に言った。
「や、やめろって、そういう冗談を言うのは」
「ニシシッ。はやくあ~んをさせてくれなきゃ、もっと彼女っぽく振る舞って、真神くんを困らせちゃうぞ〜」
くっ…からかいモードに入りやがった。
スヤサキと友達になって、こういう感じでよくからかわれるのだ。
自分の女装に自信があるのだろう。
二人だけで出かけるときは常に女装姿で現れるんだ。そして俺をからかう。
そしてこの短い期間の付き合いで学んだことだが、スヤサキは言い出したら聞かないところがある。
ここでやる、やらないの押し問答を続けても悪目立ちして、周りに迷惑をかけるだけかもしれない。俺は腹をくくった。
「はぁ〜わかったよ。一回だけやらせてやるよ」
「わぁ〜い。さすが真神くんノリがいいね」
そんなことない。早く終わらせたいだけだけ、一回やるだけでも恥ずかしいぞ。これでマスカットのシフォンケーキが美味しくなかったら許さない。
「じぁあ、あ~んするよ。はい、あ~ん」
スヤサキはシフォンケーキを一口サイズに切り分けて、フォークに乗せた。
器用にも切り分けたスポンジケーキの上に一粒のマスカットの実を乗っけて差し出してくれた。
スヤサキが前のめりになってフォークを差し出すものだから、Tシャツの襟元から覗いている胸の谷間がエロい。
俺はスヤサキの胸の谷間を見ないように目を閉じ、邪念を振り払いながら、
マスカットの実がこぼれ落ちないように大きく口を開けて丸呑みにした。
「うふ、すっごくおっきいぃ口だね」
うるせぇ。エロい言い方すんな。でもこのケーキは美味いな。
「どうだった、ボクがあ~んして食べたケーキは?」
「もぐもぐ………ごくん!うん、美味い」
「えへへ、良かった〜ねぇねぇもう一回ボクにあ~んしてよ」
「ええ!?嫌だよ」
「いいじゃん!真神くんのレモンチーズケーキもう一回食べさせてよ」
「なんでだよ、さっき食べたじゃないか」
「さっきのはノーカン。ちゃんとボクに誠意を込めて、真神くんがあ~んしてくれなきゃヤダ」駄々をこねるスヤサキ。困ったものだ。
「あ~んになにか意味があるのか?」
「人に食べさせてもらうのが良いんだよ」
「変なやつだな。わかったよ。これで最後な」
恥ずかしい。俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「やったぁ。お礼にここのお代はボクが出すね」
やったぁ。喜んであ~んしちゃおう。
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
キロリロリーン!俺の脳内でニュータイプ的な音がなるのを感じた。
何やら視線を感じたので、スヤサキにあ~んした状態で一度、窓の方を向いてみることにした。
「あっ!?」
そこには窓に顔を押し付けて、鼻息荒く、こちらを睨んでいる女性がいた。
女性は俺と目が合うと、すごい速さで店内に入ってきて、俺とスヤサキが座るテーブルの前にやってきた。
少し顔を赤くして、怒りの表情を浮かべたその女性は、さっきまでいた古着屋の美人店員だった。
ここまで走ってきたのだろうか、すごく汗をかいている。
着ているTシャツも汗で濡れて、下着が透けて見える。
ピ、ピンクだ…エロいな………はっ!ダメだダメだ。
このような破廉恥なことを考えていると、いつかの西園寺とスヤサキの対決であった投げナイフのごとく、投げフォークをお見舞いされるかもしれない。
恐る恐るスヤサキを見てみると、フォークを咥えたまま固まっている。
ニコニコ笑顔から、ジワジワと笑顔が消えて、涙目になる。
そして、古着屋の美人店員さんは一言。
「アンタたち、そういう関係だったの?」




