《第六話 月見夜ルーナ》
綺麗な子だな...。
ステージで歌って踊る女の子に俺は目を奪われていた。
「みんなぁ!ありがとう!!!それじゃあ、次でラストだよ、準備はいい?
行くよ!!!」
彼女は右手の人差し指を上げて、ファンに告げる。
「うおおおおお!!!!」とファンも応える。
ステージの上に立つ彼女は目元を仮面で隠している。見えてる顔の部分は口元だけだが、かなりの美人だということがわかる程、魅力的な口元だ。
ステージの上で踊る彼女に俺も観客たちと同じで、見惚れていた。彼女の名前は「月見夜ルーナ」普段は動画サービスで二次元キャラとして活躍する新進気鋭のVチューバーアイドル…だそうだ。
「今日のライブは魔法の世界から、みんなに会いに来たよ!」という設定で、この「喫茶ペンブローク」の地下イベントスペースでライブをしている。
なかなか見れないVチューバーの”中の人”が見られるということで、チケットは即完売。
好奇心旺盛なファンたちは、この小さいライブハウスを埋め尽くしていた。
各々気合の入った格好で光る棒をふりながらルーナを応援している。
アイドルのライブとかでよく見る光る棒だ。
あの棒はなんて名前なんだろう?
熱気あふれる観客スペースを見ると、客層の殆どが男性かと思いきや、女性の姿もかなり目立つ。
どうやらルーナは同性にも好かれるアイドルのようだ。その男女比はおおよそ半々といったところか。
その中にはもちろん、聖夜先輩の姿もある。
しっかり、最前列を確保していた。なんか格好も気合が入っていて、祭で着るような白と黒の法被に両手には光る棒。頭にはハチマキを巻いていてそこには「ルーナ☆命」と書いてある。
さらにルーナのファンたちの総称が「黒子猫ちゃん」「白子猫ちゃん」だからだろう、黒の猫耳カチューシャをつけている人や白の猫耳カチューシャをつけている人もいる。
全力でヲタ活をしているようだ。なんだか幸せそうで羨ましいな。あのカチューシャはつけたくないがな。
俺はライブの熱気にあてられて少し汗ばんできていた。
この小さいライブハウスの中はライブが起こす熱気で、真夏を先取りしているようだ。
暑い…
黄色い声援と野太い声援が混じり合う中、ルーナはその視線を独り占めにしていた。
全部で7曲も披露したルーナは、新人アイドルらしくつたない感じがするが、声は透き通るように響きわたってすごく綺麗だ。
途中MCを挟んで、このライブハウスにくるまでの話を黒子猫ちゃん、白子猫ちゃんたちに聞かせて楽しませる。
ルーナはトーク力もあるんだな。さすが、動画配信者。
「みんな!今日は来てくれて、ホントにありがとう、また来てね!」
最後の曲が終わり、ルーナはファンたちにペコリとお辞儀をしてステージから降りて行った。
会場に残されたファン…黒子猫ちゃんと白子猫ちゃん達はルーナの最後の言葉を聞き次回もライブが開催されるかも?と期待して少し賑わっていた。
俺はしばらくライブの余韻に浸っていたかったが、自分の仕事を思い出し、終演アナウンスをした。
「これをもちまして本日のルーナのライブ公演は全て終了いたしました。どちら様もお忘れ物のないようお気をつけてお帰り下さい。またのご来場をお待ちしております」
ゾロゾロと出口に向かっていく黒子猫ちゃん達を眺めていると、気合の入ったヲタ活衣装の聖夜先輩が近付いてきた。
「真神君!真神君!凄かったね!?どうだった?ねぇどうだった?」
ライブの余韻がまだ抜けてない聖夜先輩は興奮気味でライブの感想を訊ねてきた。
「そうですね…凄くよかったです。聖夜先輩の言う通りでした」
俺は恥ずかしながらも素直に感想を述べた。そうすると聖夜先輩はまるで自分のことのように俺の肩をバンバン叩きながら自慢した。
「フッフーン、そうだろ、そうだろう」バンバンと俺の肩を叩く。
「これを機に過去配信も是非観てくれたまえ!そしてルーナについて熱く語ろうではないか!真神君」バシッと今度は背中を叩かれる。
痛いからやめて。手形ついちゃうよ。
「ちょっと〜まりあ〜早く行こう〜、近くのファミレスで感想会するんだから〜」
聖夜先輩と一緒に観戦していた女性が聖夜先輩を呼んでいる。
良かった、助け舟が来た。
「うん、分かった。今行く〜、それじゃまたね、真神君」
「はい、お疲れさまです。感想会、楽しんでください」
「うん、ありがとう!」
笑顔で手を振る聖夜先輩に俺も手を振り返す。
オタク友達の女性に呼ばれた聖夜先輩がお店を出ていく。
いつもよりいい笑顔だったな、聖夜先輩。この後、何時間感想会をするのだろうか?誰かと感動を共有できる感想会は楽しいよな。さて、お客さんも全員帰ったことだし、会場の後片付けに入りますか