《第十六話 勝者の特典は》
対決の結果はあっさりと出た。
三人の票が2対1になった。
俺とセバスチャンさんがスヤサキに入れ、理事長が西園寺に票を入れた。
「対決の結果はスヤサキ様の勝利です。
おめでとうございます」
「やったぁ!やったぁー!」
スヤサキは大喜びでピョンピョンと跳ねている。
西園寺は悔しそうに一度スヤサキを見るも、自分に票を入れてくれた理事長にお辞儀をしてニコッと笑った。
負けたのに嬉しそうだ。そしてスヤサキに向き直り
「スヤサキさん、悔しいですがワタクシの負けですわ。とても良い勝負でしたの」
「うんありがとう、良い勝負だったね。西園寺さんのガレット・ブルトンヌ。
とても美味しそうだね、一つもらっていいかな?」
ガメツイなスヤサキ。やっぱり食べたかったんだな。
「ええ、もちろんですわ。是非召し上がってほしいですわ。
ワタクシもスヤサキさんのクッキーシュークリームが食べてみたいですわ」
「もちろんいいよ。食べて食べて!」
二人はお互いの作ったお菓子を食べた。
二人は少女のようなあどけない笑顔で食べている。
まるで本当の姉妹のように思えてくる。
一人は男なのだが、メイド服のせいで脳がバグる。
「この苺が乗ったガレット・ブルトンヌ、美味しいね」
苺のガレット・ブルトンヌを噛りご満悦のスヤサキ。
俺は桃の方がお気に入りだ。
あの桃のガレット・ブルトンヌをもう一度食べてみたい。
「ワタクシは、こちらの抹茶のクッキーシュークリームがとても好きですわ。
豆乳ラテと一緒にいただきたいですわね」
西園寺は理事長と一緒で、抹茶が好みらしい。なんとなく覚えておこう。
和気アイアイと談笑しながらお互いを讃え合う二人は、
俺が思っているより仲が悪いわけじゃないみたいだ。
「ところでスヤサキさん?」
「ん?なにかな、西園寺さん?」
「勝者の特典は覚えていますの?」
「あ!そうだ!そうだったね。うーん…」
もじもじと何かを言い淀むスヤサキ。
言いづらいことなのか?
「なんですの?何を望みますの?」
ハッキリとしないスヤサキに優しく問いかける西園寺。
「西園寺さんのこと”ミトちゃん”って呼んでもいいかな?」
それは、なんとも可愛らしいお願いだった。
「ほ、ほら、西園寺さんと知り合ってからずいぶん経つし、そろそろいいかなって…ダメかな?」
うるっとした瞳で、期待した表情を浮かべるスヤサキ。
西園寺はなんだそんなことかという感じで、スヤサキを見つつも頬を染めて言った。
「もちろんですわ。それがあなたのお望みなら。気軽にワタクシのことを”ミト”とお呼びください」
「やったぁ!嬉しいなぁありがとうミトちゃん!やっとミトちゃんって呼べる。ボクのこともヨゾラって呼んでよ?」
「まったく、勝者のお願いは一つだけですわよ。欲張りさんですわね……ヨゾラさん?」西園寺は少し間を空けてスヤサキの名前を呼んだ。
「うぐぅ…そうだよね。欲張りだよね……え!?い、いま…今なんて言ったなの?」
「ワタクシはあなたのことを『ヨゾラさん』と呼んだのですよ」
自分の名前を呼ばれてパァっと顔を明るくするスヤサキ。
西園寺の両手を握ってピョンピョン飛び回る。
「ミトちゃん!ミトちゃん!」
「もう、よしてください。ヨゾラさん」
口では嫌がりながらも頬を赤く染めて笑う西園寺。
まるで姉妹だな。
スヤサキは、ひとしきりぐるぐると回り終えたら、俺のところに近づいてきた。
「真神くん!ありがとう。キミがボクに入れてくれたからだよ」
「チョコのやつが美味しかったからな」
「ホント?じゃあまた今度作ってあげるね」
「え!マジ!?そいつは楽しみだな」
やったぜ!またあの味にありつけそうだ。
食べた瞬間なぜだかとても懐かしい気持ちで溢れたんだ。
だけど、どうして懐かしい気持ちになったのか思い出せない。
「うん、楽しみに待っててね」
「これでワタクシとヨゾラさんの対決は、
49対48でヨゾラさんの勝ち越しですわ。来週にでも新たな勝負を…」
「お待ちなさい。ミト」
どこからか西園寺を呼ぶ女性の声がした。
やや低く、艶があり力強い大人の女性の声だ。その場の空気を一瞬にして変えた。
それを聞いた西園寺は一瞬ビクッと肩をすくめた。
「え!?お母様!?」
西園寺は呼ばれた声の方へ視線を向けた。
そこには俺の隣に座っていた理事長が立っていた。
でもおかしい。理事長の声じゃなかった。
同じ女性だけど、明らかに別人。
「まったく、来週から大阪で辰郎さんとお食事をしたら辰郎さんのお仕事を手伝う約束でしょ?」
理事長は自分の首筋に手をかけると、
驚くことにペリペリと顔の皮膚を剥いでいった。
中からは30代くらいと思われる女性が現れた。
ぱっちりと大きい瞳をしているが、
眼光が鋭く、虎のような眼つきだ。
髪は腰のところまである長い黒髪。
和服が似合いそうな美人だ。




