《第八話 答えはドーナツですか?》
「西園寺さん…本当に球技が苦手なのかな?」
いつの間にかボールを奪われていたスヤサキは、疑いの目を西園寺に向ける。
「ふっふっふ。今までのプレイはおふざけですわ。ここから見せてあげますわ。私の華麗なプレイを!」ツルッ!
ボールは西園寺の手から、うなぎのようにつるりとすり抜けて逃げていった。
まるで生きているかのようなボールだ、西園寺が持っている間だけな。
「お嬢様は5秒以上ボールを持つことができないのです」
ウェンズデーさんがそう言った。突然…何を言っているんだこの人は?
「なんですかその5秒以上ボールが持てないというのは?」
「お嬢様は西園寺家にふさわしい人間になるべく、幼少の頃より様々な習い事を習ってきました。茶道に生け花。社交ダンス。そしてスポーツもありとあらゆるものを習ってきました。やはり人間は体が資本ですからね。西園寺家は文武両道なのです。お嬢様は色んな習い事をマスターしていったのですが、壁にぶち当たってしまいました……それがボールを扱うスポーツ。球技だったのです」
「な、なんだって!?そんなことがあり得るんですか?」俺は驚いた。
だけど驚いてみたものの、球技が苦手な人間なんて普通にいるだろう。
何を隠そう俺もそうだ。
「でもバレーボールは得意だと西園寺自身が言ってましたよね?」
「ええ、その通りでございます。球技の壁にぶち当たってしまったお嬢様ですが、諦めることなく球技に挑んで参りました。そしてお嬢様は見つけたのです。5秒以上ボールを持たずともできる球技を!」
「それがバレーボールだったのですね」
「ええ、そうです。バレーボールはボールを持つというより弾くことがメインになりますので、お嬢様にも習得できる球技だったのです。ポジションは点を決めるスパイカーがピッタリでした」
「なるほど。バレーボールなら持つというより体に当てて、繋いでいくというイメージだ。5秒以上”ボールを持つ”というわけじゃないですね」
「ええ、そして真神様。御覧ください。お嬢様が動きます」
そう言われて俺は再び二人に目をやった。
すでに展開が大きく進んでいて、スヤサキがフリースローをする直前だった。
スヤサキがまたボールを手に入れたようだ。
西園寺は?西園寺は何をしている?
後ろだ。まだスヤサキの少し後ろにいる。
そんなところじゃスヤサキのシュートを止められないぞ。
スヤサキの手からボールが放たれた。ボールは綺麗な放物線を描いてゴールに吸い寄せられていく。
今度こそ決まったか?…いや少し、ほんの少し距離が足りない。
背後から迫る西園寺にスヤサキも焦って、距離感を間違えたか?
西園寺は猛ダッシュで、スヤサキの横を通り抜けボールを追う。
ボールはわずかに距離が足りず、リングに当たって弾かれた。
「うわぁっ!嘘!?外しちゃった!」
距離感を間違えたスヤサキは自分の失敗に驚いてる。
再び宙に浮かんだボールは無防備だ。
そこにはすでにジャンプして、ボールとの距離を埋めた西園寺が、
左手でボールに照準を合わせていた。
右手は頭の後ろに構えている。
バレーボール選手がスパイクを打つ時の姿勢だ。
凄いジャンプ力だ。背の高い西園寺ならその手を伸ばせば、ゆうに3メートルは超える。
バシンッ!
弾かれて返ってきたボールに西園寺のスパイクが炸裂した。
ボールは一度、バックボードに当たりリングに入った。
「おおぉ!!!」
1on1を観戦していたギャラリーたちから歓声が湧き上がった。
西園寺の動きは凄まじかった。
まるで始めからこの展開を予想していたかのような動きだった。
「そこまで!お嬢様がシュートを決められましたので、勝者は西園寺魅兎!」
拍手喝采!スヤサキたちの勝負を観に来ていたギャラリーたちから大きな歓声が上がる。
「ありがとう!ありがとう!皆さんありがとうございますわ!」
両手を上げて歓声に応える西園寺の額からは、汗が流れて輝いてる。
嬉しそうな笑顔だ。
西園寺はいつも笑顔だけど、それはお嬢様みたいな上品な笑顔でなく、
今の笑顔はくしゃっと顔を崩した笑顔だ。
西園寺の印象が少し変わった。あどけない笑顔が可愛い。
「お嬢様、お手を」
メイドさんが西園寺に近づき、西園寺の手を氷で冷やしている。
西園寺のやつ手が少し赤くなってる。バレーボールではなく、バスケットボールをスパイクしたんだ。むちゃしやがる。
「ありがとうですわ。リンドウ」
リンドウと呼ばれたメイドさんは「はい」と返事をした。
心配そうに西園寺の手を冷やしている。
「お嬢様、それでは答えを?」
ウェンズデーさんが西園寺に聞いた。
「ええ、わかりましたわ。答えは」
答えは?ドーナツか?
「バームクーヘンですの」
「お見事。正解です、お嬢様」
なんだバームクーヘンなのか。俺の予想は外れた。
ドーナツではなかった。
「はぁ〜悔しい…でもこれは完敗かな。凄いよ西園寺さん。この勝負は、はボクの負けかな」
少し残念そうなスヤサキ。でも西園寺のプレイは凄かった。
それをスヤサキも認めている。
「何を言っていますのスヤサキさん。この勝負はお題を決めるためのただの前哨戦。本番の勝負は次からですわ」
「うん。そうだったね。次は負けないよ。西園寺さん」
二人は夕日を背にがっしりと握手を交わす。なんて絵になる光景なんだ。
というわけで、日も傾いてきて夜が来る。
「それでは勝利いたしましたお嬢様?料理対決のテーマを決めてください」
「ええ、わかりましたわ。今回の対決のテーマは…」
じっくりとためてから西園寺は言った。
「クッキーですわ」




