《第四話 聖夜(ひじりや)先輩》
休憩室には一人、テーブルに突っ伏してる女性がいた。傍らには食べかけのどら焼きとコーヒーが置いてある。
テーブルに突っ伏してる女性は俺の存在に気付き声をかけてきた。
「あ~!おつかれ〜真神く〜ん」
「お疲れ様です、聖夜先輩」
テーブルからゆっくりと頭を上げたのは、「喫茶ペンブローク」で一緒にバイトをしている先輩の聖夜まりあさん。
ロングヘアをポニーテールにして、毛先にウェーブをかけている。髪の毛の色は毛先に向かって青みが増していくブルーグラデーションとなっている。
オシャレで気さくなお姉さんだ。しかもかなりの美人である。
「真神君は今日、ルーナのイベント手伝うんだよね?」
「はい、そうですよ」
「良いな~、私もルーナのイベント手伝ってみたかったな〜」
残念そうに言う聖夜先輩だが…
「何を言っているんですか?そのルーナのイベントに行きたいから、俺にシフト交代を頼んだでしょう?聖夜先輩?」
「えへへ、本当にありがとう、真神君。でもでも、スタッフとしてルーナのイベントを手伝ってみたかったのは本当だよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら言う聖夜先輩。
「それならこのままイベントの手伝いをしたらいいのでは?」
「ノン、ノン、ノン。違うんだな、真神君。やっぱり黒子猫ちゃんとしてはステージで歌って踊るルーナを観客として最前列でみたいんだよね、私は」人差し指を振り、はぁ〜とため息を付いた顔からぐっと拳を握り上に掲げ宣言する。
「確かにそうですね、そっちの方がルーナを全力で応援できますよね」
「イグザクトリー!そういうことだよ真神君」
両手の人差し指をこちらに向ける聖夜先輩。
聖夜先輩は見た目からは全然想像がつかないが、ガチのオタクだ。「腐った女子」と書いて「腐女子」ともいう。聖夜先輩に出会った頃は元々このような見た目ではなく、どちらかというと芋くさい見た目をしていたが、とある事件をきっかけにイケイケお姉さんの見た目に変わったのだ。まぁ元々が美人だからだろう。
「本当に楽しみだよ~なんってたって、ルーナにとっては初の有観客ライブのイベントになるんだから」
「そうなんですか?ルーナは今までどういった活動をしていたんですか?」
「今まではね~、歌ったり~、ゲーム配信動画とか、あと雑談したり、最近はASMRも始めてくれたり〜。まぁVチューバーとしての活動は基本やってて〜、今回初めて人前でイベントするんだよ」ニコニコと嬉しそうに語る聖夜先輩。
「おお!そういうことですか。それはルーナにとっても、ルーナファンにとっても良い思い出になるイベントになりそうですね」
誰にだって「初めて」というものはあって、それを大切にすることはとても素敵なことなんだ。聖夜先輩もそういうことを大切にしている人だ。
「そうだろう〜凄いことなんだ、これは!なぁ羨ましいだろう?」勝ち誇るように見つめてくる。
「羨ましいですけど、僕も一応そのイベントにスタッフで参加しますけど?」
「何を言ってんだい!あんたは!?スタッフで参加してしまったら純粋に楽しめないだろう?」ハァ~やれやれと両手を軽く広げて首を振りながら呆れる聖夜先輩。
「さっきと言ってること違うじゃないですか?本当はスタッフとしてもイベントに参加したかったんでしょう?」
「そうだよ。スタッフとしてルーナの力になりたかったのはホントだよ。でもね、その前に私はルーナの大ファンなんだ。そう、黒子猫ちゃんなんだよ」
また出た、黒子猫ちゃん。なんなんだ?
「あの~さっきから気になってたんですが、黒子猫ちゃんってなんなんですか?」
俺は黒子猫ちゃんが何なのかわからなくてムズムズするので我慢できずに聞いてみた。
「ルーナを推している人たちのことを『黒子猫ちゃん』と呼ぶのだよ、真神君。そしてもう一つ『白子猫』ちゃんもいる」
『白子猫』が増えた。
「ああ、いわゆるファンネームですね〜」
「そう、ファンネームってやつだね」