《第三話 急遽、シフトが入る》
眠たい目をこすりながら、俺は布団から出た。
窓に付けてある黒いカーテンを勢いよく開いた。シャッ!
眩しい!目が!目がぁ〜!
暗い部屋に朝陽が射し込んで、ム◯カ大佐になってしまった。
俺が住んでいるのはワンルームで割と新し目のアパート。机と椅子、ノートパソコンにテレビと丸いちゃぶ台。筋トレ用のチンニングスタンド。衣装ケースが四つほどあるだけだ。ほとんど物がない。
俺は窓を開けて部屋の空気を入れ替える。冷たい空気が部屋に流れ込んできた。体がふるえて、目が覚める。
春先とはいえ、まだ朝はかなり寒いのがこの季節だ。
このままTシャツと短パン姿でいるわけにはいかない。風邪をひく前に服を着替えて、温かいコーヒーを飲むことにした。
今日の夜に「喫茶ペンブローク」の地下にあるイベントスペースでアイドルのライブイベントがある。
そのライブイベントを手伝うために急遽、いつもとは違うシフトで入ることになった。
「アイドルのライブかぁ。どんなアイドルが来るんだろう」
俺は今日のイベントをおこなうアイドルのことを考える。
マスターからは事前にどういうアイドルが来るのかは聞かされてはいるけど、初めて名前を聞くアイドルだった。
というのも俺はてんでアイドルに詳しくない人間なのだ。
しかもバーチャルアイドル?というジャンルらしく、その名の通りバーチャル世界のアイドルだ。Vチューバーもやっているそうだ。
考えてもわからないので、朝食を食べ終わったら大学のレポートをすることにした。
「しまった…やってしまった…」
俺は昼食をとるのも忘れて、ゲームをしてしまった。
夢中で主人公のレベル上げをしてしまった。
大学のレポートには身が入らず、気がづいたらゲームのコントローラーを握っていたのだ。
お腹は空いているが、バイトに行く時間が近づいている。食べてる時間はなさそうだ。
昨日、洗濯しておいたバイトで着る仕事着をリュックにつめる。準備はこれで終わり、簡単だ。着ていく服はいつもどおりの雲のように白いパーカーに黒のデニムのパンツを履いた。
季節は春だが、半袖で外を歩くのはまだ肌寒さ感じる。
出掛ける準備を整え、家の鍵を握って外に出た。
俺の住んでいる街は、高校や大学が数多く隣接している地域で、いわゆる学園都市というものだ。
俺はそのうちの一つの大学に通っている。
大学からバイト先の「喫茶ペンブローク」までは、徒歩なら三十分くらいの距離にある。
昨年の春、大学進学を機にこの街で一人暮らしを始めた。高校生の頃から「喫茶ペンブローク」で働いていたのでこの街にはよく来ていた。
その頃からこの街を気に入っていて、いつかはこの街で暮らしてみたいなと思っていた。昨年、その願いは叶ったのだ。
アパートから出てしばらく歩くと公園が見えてきた。
公園の前を通り越して、アーケード街に入っていくと、アーチ状の看板が見えてくる。
ようこそ サンロード商店街へ
サンロード商店街は色々なお店が立ち並び、奥に進むと、これまた色々なお店が入っている複合ビルが待ち構えている。サブカルチャーの聖地として時々テレビなどで取り上げられている、この街のランドマーク的な存在だ。出店しているお店は個性的で面白すぎるお店が沢山。某通販サイトですら手に入らない貴重な雑誌を取り扱っている本屋。毎日が特売日のスーパー。とてもディープなお店が連なる場所だ。
アーケード街を抜けて、駅とは逆方向に少し進んだ静かな場所に到着した。
見えてきたのはコーヒーとカレーが自慢の喫茶店「喫茶ペンブローク」だ。
店内に入ると老夫婦がテーブル席に一組。女性客が一人隣のテーブル席に座っている。
カウンターには一人の男性がサイフォンでコーヒーを抽出しているところだ。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、真神君。今日はありがとね、シフト変わってもらって」
オールバック風の七三分けに、サイドをツーブロックにしたヘアスタイルの男性。この店のマスターだ。
「大丈夫ですよ。アイドルのイベントのお手伝いなんて楽しそうですし」
「そう言ってくれると助かるよ。夜のイベントのために今日は通常営業は17時までだから、それまでいつもどおりの仕事を頼むよ」
「はい、わかりました」
マスターはいつもダンディーだ。落ち着いた喋り方をする人で、大人の男の魅力が凄い人だ。声も低くてカッコいい。そんなマスターからは全く想像つかないが、昔はお笑い芸人をしていたらしい。
マスターへの挨拶もそこそこに、制服に着替えるため、バックヤードにある休憩室に向かった。




