《第九話 綺麗な夕日を》
さっそく俺は、近くにいたメガネをかけた女性店員さんに話しかけた。
「あのすみません。今日、このお店でこの子と一緒に来ていた女性を探しているんですが、見覚えはありませんか?」
メガネ店員さんにつむぎちゃんを見せてみたところ
「はい?う〜ん…ああ!母の日のプレゼントにコーヒーカップを買いに来ていたお客様ですね。覚えていますよ」
良かった、メガネ店員さんは覚えていてくれたみたいだ。
「その女性、今どこにいるか知りませんか?実はこの子とはぐれてしまったみたいで探しているんです」
「いえ、そこまでは…申し訳ありません」
「ああ、いえ…こちらこそ教えていただいてありがとうございます」
不発だった。
いったいどこにいるんだ、つむぎちゃんのお姉さんは…
「店員さんもつむぎちゃんのお姉さんがどこにいるかまでは知らないみたいだな。これかどうする?」とスヤサキに訪ねてみると
「そうだね、もうすぐ日も暮れるし、いろいろ連れ回すのもここが限界だと思うんだよね」
スヤサキの言うとおりだ。子供の体力を考えるとここらへんが限界だろう。
どこかで休憩をとるかと考えていたら、柱に貼られてあるポスターに「渋谷の夜景が堪能できるビュースポット!」と書かれている。
ポスターにはこのビルの屋上スペースを開放して夜景を楽しめるデートスポットがあるみたいだ。
休憩がてらに覗きに行くのも良いかもしれないな。
「なぁ、ここで少し休憩をいれないか?」
俺はそのポスターを指差しながら二人に言った。
「あ!いいね。夜景良さそうだね」
スヤサキは瞳を輝かせて、ポスターを見ている。
「つむぎちゃんもそれでいいかな?」
「…はいでしゅ」
「良かった。それじゃ早速行こうか」
少し元気がなくなったつむぎちゃんに綺麗な風景を見て心をリセットしてもらいたい。
俺たちはエレベーターで屋上に行くことにした。
「おお、絶景だなぁ」俺は声をあげて絶賛した。
「きれいでしゅ」つむぎちゃんも瞳をキラキラさせている。
「…………」
屋上までたどり着いた俺たちの目には、西の空に沈もうとしている夕日が映る。
パープルからピンク、オレンジと色を変えてゆく空はなんとも幻想的で、
壮大な夕日を見ることができて最高だ。
彼女ができたら絶対にまた、ここに来ようと俺は心に決めた。
カラスも鳴き出して、夕日に向かって消えていく。もうすぐ夜だ。
結局ここまでにつむぎちゃんのお姉さんには、出会えなかった。
今頃、つむぎちゃんのお姉さんも、どこかで同じ夕日を見ているのだろうか。
「おねえちゃん…どこにいるでしゅ…」
沈む夕日を見つめながら小さな少女は、
自分の姉に想いをはせている。
この歳の子が都会の真っ只中で、家族と離れて不安なわけないよな。
すぐに見つかると思っていたが、そう簡単には行かないようだ。
そう思っていた自分がなんだか情けなくなってきた。
俺も大学生になって大人になったつもりでいたが、
一人の少女の不安を晴らすこともできない。
そう思っていると、スヤサキがさっきから一言も喋らないで黙り込んでることに気づいた。
もしかしたらスヤサキも俺と同じ気持ちでいるのかもしれない。
つむぎちゃんにお姉さんを会わせてあげられなかったことを悔いているのかも。
こいつ、子供好きみたいだし、つむぎちゃんにいいところを見せたかったのかもな。
「なあ、スヤサキ?これはもう俺たちだけでは探しきれないんじゃないか?ここは警察に相談してみるのもいいんじゃないか?」
「…………」
「むしろ最初からそうするべきで、俺たちは自分たちを過信していたのかもしれない。つむぎちゃんの体力も心配だし警察ならなんとか……って聞いてるかのか、スヤサキ?」
「……………」
いまだに一言も話さないスヤサキに俺は不安に思い、落ち込んでいるであろうその顔を覗き込んでみた。
「おい、スヤサキ。落ち込むのはわかるが、ちゃんと俺の話を聞いてくれよ?……え?」
そこには、全身から血の気の引いた真っ青な顔の
スヤサキが全身をブルブル震えさせていた。
汗もダラダラ流し、膝もカタカタ笑っている。
生まれたての仔鹿のようだ。
このままでは膝が外れるんじゃやないのか?くらい震えている。
もしや…
「ほらスヤサキ?もっと眺めのいいところまで行こうぜ?」
「あ、ああ。ボ、ボクはここからでもいいかな…ハハ、ハハハ」
スヤサキは笑いながら応えるもその笑顔はひきつっていた。
「そんな事言わずに行ってみようぜ」
「だ、だいじょうぶだよ、ここからでも綺麗な夕日だとわかるから、ハハ、ハハハ。あ、すいません…」
入り口から一歩も動こうとしないスヤサキ。
他のお客さんの邪魔になったようで、謝りながらスススッと端に寄る。
なにやってんだ、スヤサキのやつ。




