《第三話 迷子幼女》
マジか?シャーロック・ホームズを知らない…だと?
世界中で有名な作品だから誰でも知っているものだと思っていた。
「名探偵だよ。シャーロック・ホームズは」
「名探偵かぁ。ということは人探しとかやるのかな?」
「殺人事件とか解決する方の名探偵だな。まぁ人探しもするだろうけども」
「え!殺人事件!?大丈夫かな。ボボ、ボク、グロいのは苦手だよ…それに血もだめなんだ」
両手を口元に近づけて怯えた表情を浮かべるスヤサキ。ホラー映画とかスプラッター映画が苦手なのか?
「大丈夫だよ。この映画にはそんなにグロい描写は含まれてないから。
まぁ殴ったりするシーンがあるから鼻血程度は出てくるかもだけど」
「そっか、その程度なら安心だね」
少し安堵した表情になるスヤサキ。
「あと、動物を傷つけるようなシーンも嫌かな。特に犬」
「あ~、それはちょっとあるかも知れない…」
「ええ!そんなぁ~」
この映画の主人公は助手のワトソンが飼っているブルドックに色々な実験を日常的に試しているのだ。
「どうする?観るのやめるか?」
「フィクションだとはわかっているけど、動物を傷つけるのは嫌いだな。蹴ったり、叩いたりするの?」
「いや、殴ったりはしないよ。主人公のシャーロックはいわゆる変人でさ、助手のワトソンが飼っている犬のブルドックに薬の実験を試すんだ。それも日常的に」
「むむ!誠に遺憾だね〜。どうしようかな〜」
動物が傷つけられると聞いて観るのを渋り始めたスヤサキは、
観るか観ないか腕を組みながら、うんうん唸り始めた。
動物虐待は俺も嫌いだが、それは現実世界の話。
作品は別だと俺は考えている。
そうしないとフィクション作品を楽しめないと思っているからだ。
でも世の中には、スヤサキのような純粋な心の持ち主もいる。
見たものをそのまま受け止めてしまう人もいるみたいなので、無理に観る必要は無いとも考えている。
こればかりは決断を急かさず、スヤサキの答えを待つとしよう。
「よし!やっぱり観よう。せっかく真神くんにも付き合ってもらってるんだし」
「わかった。じゃあ二人分のチケット買ってくるから待っててくれ」
「うん、わかった」
スヤサキは近くの待合スペースに設置されているソファに座りに行った。
俺はスヤサキの後ろ姿をみやり、チケット販売の順番を待った。
「お次でお待ちの方〜」
右の奥のチケットカウンターから声をかけられ向かう。
「シャーロック・ホームズを大人二枚で」
「かしこまりました。お席はどちらになさいますか?」
液晶画面に座席表が映し出される。
二人で並んで座れるのは残り僅かだった。
その中で俺が選んだのは一番後方の二席。
前の方だと首が疲れるかも知れないからそっちにした。
「こちらの席ですね。かしこまりました。それではお会計は…」
財布を取り出そうとボディバックのチャックを開けようとした時、
後ろから名前を呼ばれた。
「真神くん真神くん、ちょっといいかな?」
それはスヤサキだった。何の用だろうか?座りたい席の場所でもあるんだろうか。
「ん?どうしたんだ?今お金払うところなだが、別の席が良かったか?」
「そうじゃなくて…」
「そうじゃなくて?」
するとスヤサキの後ろに誰かいるのに俺は気づいた。
そこには前髪を眉毛の少し上で、綺麗に切りそろえられたオカッパ頭の女の子が、
こっちを覗いていた。
オーバーオールジーンズに細いボーダーラインのTシャツ。
黒と白のスニーカーに子供用のショルダーバッグを肩にかけていた。
「この子、迷子みたいなんだ」
「え?」
スヤサキが迷子の女の子を拾ってきた。
「あの〜お会計はどうなさいますか?」
チケットカウンターのお姉さんから支払いの催促がきたが、
スヤサキとオカッパ少女の顔を見ていると映画どころではない。
「あ!す、すいません。急用ができたのでキャンセルでお願いします」
チケットカウンターのお姉さんは笑顔で「かしこまりました」と対応してくれた。なんだか申し訳ない。
もう一度「ごめんなさい」と謝り、チケットカウンターから離れた。
「えっと…ごめんね、真神くん。映画キャンセルさせちゃって」
「大丈夫だよ。それよりその子の親を探さないとな。とりあえず映画館に迷子の連絡は?」
「ううん、まだだよ。ボクもさっきこの子に会ったんだ。真神くんにも伝えたほうが良いと思ってそれにこの子が…」
するとスヤサキの後ろに隠れていたオカッパ少女が前に出てきて
「おねえちゃんがまいごになってしまったでしゅ。いっしょにさがしてほしいでしゅ」
「え?君が迷子じゃなくて?」
「ちがうでしゅ、おねえちゃんがまいごでしゅ。まったくこまったおねえちゃんでしゅ」
……俺はスヤサキの顔を見つめる。
スヤサキも困った顔でこちらを見つめていた。
「ボクもキミが迷子じゃないの?って聞いたんだけどこんな感じでさ、迷子センターに行こうとしても頑なに断るんだよね」
「そうなのか。うーん…どうしたものか…」




