《第二話 本物でも偽物でも》
「ごめんごめん、そんなに睨まないでよ。ジョーダンだからさ」
スヤサキの今の見た目はどこからどうみても女性だ。
しかも周囲がその姿に視線が釘付けになるほどの美人だ。
できればこんな美人と一度はもっこりデートしてみたい人生だが、中身が男だと知っていればもっこりできない。
でも美人だ。なんか腹が立ってきたな。
「もぉー、拗ねないでよ。ほらほら、早く映画館に行って席を確保しようよ。席埋まっちゃうかもよ」
ギュウゥゥッ!
「お、おまっ!ちょ、ちょっと待て…む、むねがっ!」
俺の腕にその豊満な胸を押し付ける。
偽乳だとわかっていても動揺してしまう。
しかもめちゃめちゃ柔らかい。
凄くないか、偽乳?こんなに柔らかいのか?
人類は、なんてものをっ!作ってしまったんだ。
「ん〜?ボクの胸がどうしたのかな、真神くん?」
赤面する俺を見てニヤニヤしているスヤサキ。
さらに胸の谷間に俺の腕を入れる暴挙に出た。
あきらかに自分から当てにきている…。わざとやっていることが見え見えだ。
「な、なんでもねぇよ。そんな偽乳のことなんて!」
「偽乳とはなんだ!偽乳とは!」
なぜか偽乳と言われ憤慨するスヤサキ。
「え?」
「ハッ!違う違う!別にボクの胸が本物なわけないんだけど、偽物でもないというか」
何を言っているんだぁ、こいつはぁ!?
「と、とにかくこの胸はボクが頑張って作ったんだから偽物扱いは良くないよ!」
どうやらその胸は力作だったらしく、怒り出してしまった。
確かにいい乳なのは認める。
ていうか、その偽乳、お前が作ったの?
「わ、わかったから、腕を離なしてくれ!」
俺は少しだけ前かがみになって言う。
「むー。わかったよ。そんな恥ずかしがること無いのに」
ぷくぅ〜っと頬を膨らませながらしぶしぶ俺の腕を開放するスヤサキ。
スヤサキが離れた瞬間に俺は背を向けて、ムスコのポジションチェンジを行う。
バレないようにね。
さっきまで胸が当たっていたところが、まだほんのり暖かい…作り物なのに。
腕を見つめて少しボーっとしていると
「やっぱりもう一度する?」と自分の胸を寄せて言うスヤサキ
「な!何を言ってんの!?そういうのいいから!」
「アハハ、やっぱり照れてる。可愛いな、真神くんは」
「いいから、行くぞ!」
覗き込んでるスヤサキから顔をそらし、一人先に映画館の方へと向かった。
「あ! ちょっと待ってよ、真神くん」
ツカツカとストームブーツを鳴らしながら追いかけてくる。
「もう、怒んないでよ〜」
「怒ってないよ」
グングンと足を運んでいると
「んー、ちょっと真神くん、歩くの速いよ」
「あっ! 悪い」
スヤサキとの距離が開いた。
今日のスヤサキが履いてる靴はそんなに速く、歩けないみたいだ。
恥ずかしくてそんなことも考えずに歩いてしまった。
俺は一度立ち止まり、スヤサキと歩くペースを合わせてまた歩き出す。
「もう!レディはそんなに速く歩けないんだから、気をつけてよね」
腕組みをし、プイッと顔をそらすスヤサキ。
「わ、悪かった。ごめんな……ん?いや、ちょっと待て誰がレディだ!」
「…………」
「スヤサキ?」
「ぶふっ。アハ、アハハハ」
スヤサキは盛大に吹き出して笑い出した。
「キミってホント面白いね。好きだよそういうところ」
パンパンと俺の肩を叩くスヤサキ。
そして「アハハ」と笑いながらまた歩き出す。
俺はため息をつきつつ、スヤサキの後を追う。
駅から目的地の映画館は割と近い場所にあり、すぐに到着した。
今から行く映画館は、全国にもあるほどの有名な映画館である。
俺もそこの会員カードを持っているくらいだ。
ポイントも溜まっているから、今日みたいに急に映画を観ることになっても大丈夫なのだ。
なんなら今日はスヤサキの分も出してもいいと思っていたけど、さっきからかわれたからやっぱやめることにする。
一階の外に設置されているショーウィンドウには、ずらりと映画のポスターが並んで貼ってある。
俺たちが今から観る映画のポスターも貼ってあるな。
フムフムと顎に手を当てポスターを眺める俺。
「いろんな映画がやってるね?」
「そうだな〜」
スヤサキがショーウィンドウを眺めながら先を歩いていく。
俺もそれに習い、ショーウィンドウを眺めながらスヤサキの後を追う。
「あっ!ほら、こっち、ボクたちが観る映画のポスターも貼ってあるよ」
スヤサキが小走りになって、一つのショーウィンドウの前で止まりこちらを振り返る。
「お〜ホントだな〜」
そのポスターにはシャーロック・ホームズと助手のジョン・H・ワトソンが映っている。
う〜ん、かっこいいポスターだ。
「この人が主役の人かな、真神くん?」
スヤサキがシャーロック・ホームズ役の俳優を指さして聞いてくる。
「そうだな。隣にいるのは助手のワトソン君だ」
「ふーん、ワトソン君は助手なんだ」
「そういえばスヤサキは、シャーロック・ホームズって知っているのか?」
「ううん、全然知らないかな。何をしてる人なの?」
スヤサキは首を横に降った。




