《第一話 映画を観に行く》
傑と食堂で別れたあとは、特に何もすることがなく、「喫茶ペンブローク」でのバイトも休みだから、俺はこのまま家に帰ることにした。
時間もたっぷりあるし帰って、今進めているゲームの続きでもしようかな。
大学から俺が住んでいるアパートまでは、徒歩で約30分くらいの距離にある。
普段はバスを利用しているが、今日この後は何も予定は無いし、天気もいいので散歩しながら帰ることにした。
校門を出てしばらく歩いていたらスマホがブルッと震えた。
確認してみると、須夜崎からメールが来ている。
なんだ?
[真神くん、まだ大学にいるかな?]
[おお、まだ大学内にいるよ。だけど今から帰るつもりだ]
[あ!そうなんだ。ボクもこの授業が終わったら今日は終わりなんだ。だからこの後、二人で会えないかな?]
二人で会う?
[帰ってゲームをしようかと思ってたんだけど、何か話したいことでもあったのか?]
しばらく待ってみると返信が来た。
[うん、今日は宇賀野君と真神くんで話してた映画の話だけど、宇賀野君と三人で行く前に二人で一回観に行ってみないかな?]
[なんでだ?今度、傑と俺とスヤサキで行く約束したじゃないか?]
[そうなんだけど、でもやっぱりまずは映画の内容を知っておきたいと思っていてさ。駄目かな?]
[まぁ確かに前もって映画の内容を知っておいたほうが、当日ボロが出にくいかも知れないな]
[でしょ?だからさ、一緒にその映画観に行ってくれないかな?]
[よし、わかった。この後、一緒に映画観に行くか?]
[ありがとう。嬉しいよ]
こうして、俺はスヤサキのためにシャーロック・ホームズを見ることになった。
よくよく考えると傑とも観る約束をしたので、同じ映画を二回観ることになる。まぁ別にいっか。
「なんで渋谷なんだよ」
俺は行き交う人々を眺めながら、緑の電車の前で独りごちる。
というわけで、俺は平日にも関わらず渋谷にいる。
普段は全然来ない若者の街だ。
俺も現役の若者なのだが、この辺にはあまり興味がないので土地勘が全く無い。
スクランブル交差点。緑の電車のモニュメント。有名な犬の銅像などテレビで観たことあるものがあり「おお!本物だ」と思うのは少しの間だけで、その後は人の多さに酔いそうになり、気が滅入っているところだ。
俺は人混みが苦手だ。
スヤサキとの待ち合わせ時間までまだ少しあるけど、ここは下手に動かないことにした。
この人混みの中で気づかず、すれ違いでもしたら、一生会えない気がした。
とりあえず到着した事を連絡しておくか。
[今着いた]と送信。
ブルルッ。
[わかった、今行くね]とスヤサキから返信。
ん?周囲がなにやらざわつき始めた。
なんだ?なんだ?
後ろの方からツカツカとブーツの音が近づいてくる。
振り返ると一人の女性がこちらに近付いてくるのが見えた。
その女性は周囲の視線を釘付けにしていた。
気のせいかな?スローモーションもかかっているようにも見えるし、キラキラとエフェクトもかかっているようにも見える。
その女性のヘアスタイルは白銀髪のボブヘア。
無造作に動く毛先で大人の余裕を表現していた。
白のチュニックワンピースに黒いベルトをつけている。
足元は黒のストームブーツを履いている。
肩には黒の小さいボストンバックをかけている。
その女性は俺の目の前で止まり、こう言ったのだった。
「お待たせしたかな、真神くん?」
女性というか、女装したスヤサキだった。
「いや、今、来たところだ…」
「うん、そっか、それなら行こうか」
スヤサキは何事もないようにツカツカと歩き始めた。
「ちょっと待てスヤサキ」
俺は歩き始めたスヤサキを呼び止めた。
「ん?なにかな、真神くん?お手洗い?」
「いや、違うよ」
「じゃあ、なにかな?」
「なんだよ、そんな格好?」
「何って、今日はガーリーコーデにしてみたけど。どうかな?どうかな?」
チュニックワンピースのスカートの裾を掴んで体をフリフリしてくる。
やめろ、その可愛い動き。
「スヤサキ…さっきまで大学で一緒だったときは普通の服だったのに、
わざわざ家に帰って着替えたのか?」
「うん、そうだよ」
スヤサキはスカートの裾を掴み、なびかせる。
「はぁ…それでこの時間に集合だったのか。なんでわざわざ着替えに戻ったんだ?」
「せっかく君と映画デートするんだからおめかししないと」
「デートだなんて…変なこと言うなよ〜」
俺は顔をしかめながら言った。なんで女装男子とデートなんだ。
俺はそういう趣味の人間じゃない。
「ええ?もしかして照れてるの?可愛いな〜」
スヤサキはいたずらっぽく笑いながらからかってくる。
よし、殴ってやろうか?この顔のどこが照れているというんだ?
そして女装したスヤサキが可愛く見えている俺の目を潰してやろうか?




