《第十話 ゴスロリ美少女のお願い、再び》
「な、なんだよ。良いことって…?」
「うん、それはねぇ。キミがボクのお願いを聞いてくれるかもしれないことだよ」
俺に人差し指を向けてスヤサキはそう言った。
「そ、それは?」
「ボクのマネージャーになってよ!」
うすうす何か頼まれるとは思っていたが、まさか先程「喫茶ペングローブ」で断った、ルーナのマネージャーの件だとは…。
「まっ、待てよ。その件はさっき断ったじゃないか?」
「本当に断ってもいいのかな?キミはこれがないと今夜は野宿だよ」
ホレホレとスヤサキは俺の家の鍵を揺らしている。
「キミはこの鍵がないとお風呂にも入れないんだよ〜臭いよ〜」
「おい!冗談はよせって!早く鍵返せよ!」
俺はスヤサキの肩をつかもうと近づいた。
「わぁ!」
俺の手を上手く避けて、スヤサキは俺の背後に回った。
「あっ!こいつ!」
すかさず俺は後ろを向いてスヤサキを追う。
こいつ!結構すばしっこい!猫か!?
「おい!待てってスヤサキ!」
「やーだよ〜アハハハ〜」
子どものようにはしゃぐスヤサキは素早くてなかなか捕まらない。
ちくしょおおお!あの靴でなんて素早い動きができるんだ?
らちが明かなくなった俺は、必死にスヤサキを追いかけた。
素早く動くスヤサキの胸ぐらを、なんとか掴むことに成功した。
そして一喝。
「おい!ふざけるのもいい加減にしろ!」
「キャァ!!??」
ビクッと肩を震わし硬直するスヤサキ。
思いの外大きい声が出てしまい、周りの人たちの視線が集まった。
やばっ!やりすぎたか!?
俺はすぐにスヤサキの胸ぐらから手を離した。
「ごめん!」
スヤサキは胸元を手で覆い隠し、ジロリと俺を睨んだ。
「女の子の胸元を掴むなんて…下ろしたての衣装が伸びちゃったじゃないか…ひどいよ…」
だんだんとスヤサキの目から涙が滲み出した。
その様子を見ていた周りの人たちがザワザワと騒がしくなった。
しかも人だかりができたうえに、騒ぎを聞きつけた警官もやってきた。
「君ぃ!この女の子に何をやっているんだ?」
「ち、違うんです。こいつから鍵を返してもらおうと思って」
俺は焦って警官に弁明する。
「男が女の子の胸ぐらを掴んで、怒鳴っていると通報があったのだが?」
やばい!これは俺が女の子の胸ぐらを掴んで怒鳴ったことになっている!?
「あ、いや、そうなんですけど、それはちょっとした勘違いで、そもそもこいつはおん…!」
「うわぁ〜ん!ひどいよ〜陽く〜ん、彼女の私を置き去りにして家に帰ろうとするなんて〜!今日は泊めてくれるって言ったじゃなぁ〜い」
いきなり泣きわめくスヤサキ。
ひいいいいぃいいっっっぃい!!!!!なんてことを言い出すんだ!こいつ!!!!
「君ぃ?自分の彼女を置き去りにしようとしたのか?
今日は部屋に泊めてあげるんじゃなかったのか?それでも男か!?」
うるせぇなぁこの警官。こっちの事情も知らないで。こいつは彼女じゃないし、男なんだよ!
「だからこいつはおん…」
「うわぁ〜ん!!!!ひどいよ〜陽く〜ん!!一緒にお風呂に入るって言ったのに〜」さらに大きな声で泣きわめくスヤサキ。
こいつわざとやってるだろ!!!?
「くそぉ!スヤサキやめろよ!!」
「君ぃ!一緒にお風呂に入る気だったのか!!お風呂で彼女と何をするつもりだったんだぁ!?」
うるせぇよ!このおっさん警官!なんでそこが気になるんだよ!
「ちょっとあんた!?警官だからってそんなプライベートな部分まで聞き過ぎでしょうよ!」
「うるさい!とにかく交番まで来てもらおうか?」
「うるさい!???ええ!?ちょっとそれは強引なんじゃ!?」
「待ってください!お巡りさん!陽くん連れて行かないで」
スヤサキは警官に両手を組んで懇願する。
「しかしねぇお嬢さん。この男は自分の彼女に手を上げたクズ男だよ」
「だから!俺の彼女ないし」
「お前はまだ認めないのか!?このクズ男!お嬢さんはなぁ、今夜大好きな彼氏にその身を捧げる想いだったんだぞ!だから家の鍵を返さないんだ!なんでそれがわからないんだぁ!」
ぐわぁぁぁぁぁ!!!気持ち悪いことを言うなぁああ!こいつは男だぞ!!俺にそんな趣味は無いぃぃぃぃぃ!!!
「そんなぁ、お巡りさん恥ずかしいです///」
頬を紅く染めるなぁあああ!!!
「とにかく、交番まで来てもらうよ!」
警官は俺の腕をガシッと掴んで引っ張った。
やばい!このままだと本当に交番に連れていかれる。しかもこの警官、俺の話を全然聞いてくれないし、なんとかしなくてはなんとか!
「おい!スヤサキ、このお巡りさんに俺達はそんな関係じゃないって言ってくれ。あと鍵を返してくれ」
「それだったらぁ〜ボクのお願いも聞いてほしいな〜」
俺の家の鍵を見せつけ、ニヤリと笑うスヤサキ。
「……わ、わかったよ…やるよ、お前のマネージャー…」
「やったー!ありがとう真神くん」
トホホ…なんでこんなことに…キーケースか何か買ったほうがいいな…
こうして俺はスヤサキの女装アイドル活動、
「月見夜ルーナ」のマネージャーをやることになった。
不思議なことに、さっきまでの人だかりは消え、あの警官も何故かいなくなっていた…




