《第八話 家の鍵》
「喫茶ペンブローク」からだいたい徒歩で20分くらいの所にあるアパートで、
俺は一人暮らししている。
外階段をのぼり、二階の角部屋「202」号室の前に到着する。
そこである重大なことに気付いた。
俺は家に入るために必要なカギを持っていなかったのだ。
はっ!まずい!嘘だろ!?どこかで落としたのか?
道中のことを思い出しながら、とりあえず「喫茶ペンブローク」に引き返すことにした。
はぁ~何やってんだ、俺〜
たまに起こす、しょうもないミスに嘆息する。
俺は家のカギを探しに外階段を降りて、帰って来た道を今度は逆に進む。
するとスマホがブーッと振動し、画面を確認するとマスターから電話がかかってきた。
「もしもし、真神です」
「もしもし、葛城です。陽太君、もしかして家のカギを忘れてないかい?」
「あっ!はい。今、家についてその事に気づいてペンブロークに戻ろうとしたところです」
良かった。もしかして「喫茶ペンブローク」の中で忘れただけか?
「やっぱりそうか。お連れさんが帰る時に、陽太君の座っていた席にカギがあること教えてくれてね」
「そうだったんですね。今すぐ取りに戻りますので」
「ああ、その事なんだけどお連れさんが届けてくれると言って、今店を出て行ったよ」
「えっ!そんな!?あいつは俺の住んでるアパートの場所を知らないと思うのですが」
「一応、陽太君の住所を聞かれたからお伝えしたけど、まずかったかな?」
「いえ、それは全然大丈夫です。同じ大学に通うヤツなんで」
「そうか、それなら良かったよ」
「わかりました。とりあえずこっちはスヤサキと合流します。ありがとうございます、マスター」
「いえいえ、またお店で待ってるよ」
「ハイ、それでは失礼します」
通話を切り、その場で少し考える。
店に戻る道中で、スヤサキと合流してカギを受け取るか、このまま家の前で待つべきか。行くべきか。
う〜ん、やっぱり行こう!俺はこういうときは居ても立っても居られない性分なのだ。
来た道を引き返しスヤサキと合流することにした俺は向かいながら、
スヤサキ頼むから別の道で俺のアパートに来ないでくれよ、と心の中で呟く。
すれ違う可能性を恐れながらも俺は足を進めた。
外は先程とは違い、夜の空には星と月だけになって、辺りも暗くなり始めている。
アパートと「喫茶ペンブローク」の間の道には、この辺で一番大きい公園がある。
ちょうど今の時期は、花見をしている人で賑わっている頃だ。
そのためか、街灯がいつもより多く灯が点っていて、夜でも歩きやすくなっている。
どうやら今日も花見はやっているみたいだ。
人通りがいつもより多い気がする。良かった。
こんなことを思うのはなんだか変だけど、今日のスヤサキの格好を思い出してみると、夜道を一人で歩かせるのは心配になる。
しかもその理由が、俺の忘れ物を届けに来てくれるという理由だ。
スヤサキは男だが、なぜだか心配になる。早く合流しないと。
そう思いながら俺は足早になり始めた。
花見で賑わう公園の入り口の前まで来たが、未だにスヤサキと会うことができていない。
そしてそのままペングローブまで着いてしまった。
足早に来てしまったから額から汗が滲み出ている。
冷や汗も出て来た。
まずいな…。スヤサキに会えなかったな、あいつ別の道を行ってしまったのかな?
ペンブロークの入り口に立ってそう考えていたら…カランコロン。
「陽太君」
「マスター」
「お連れさんとは出会えたのかい?」
お店の中からマスターが出てきた。
「あ、マスター。いえ、それがまだ会えてなくて。あいつ…別の道を行ってしまったんでしょうか…」
「陽太君がいつも帰る道を教えたから、そんなことはないと思うけど、お連れさんのスマホに連絡を入れてみたら?」
「あ、その…実はまだ連絡先を交換していなくて」
「ああ、そうなんだ。それだと連絡とれないね」
そうだよ、連絡先を交換していればこんなことにはならなかったのに、大学で今日のことをスヤサキに言われた時にでも聞いとくんだったなぁ。
「マスター。とりあえず僕はあいつを探しに戻ります。あいつも大学生だから大丈夫だとは思いますけど、この辺の土地勘無かったら迷子になっているかも知れないですし」
「うん、わかったよ。僕の方でもお連れさんがお店に戻ってきたら陽太君のスマホに連絡を入れるよ」
「ありがとうございます、マスター」
俺はマスターにお礼の言葉を言い、来た道をまた戻り始めた。
今度はスヤサキを見逃さないようにしないと。
俺は先ほどは寄らなかった公園に一応、寄ってみることにした。
スヤサキの今日の格好を思い出してみると見逃すのは難しいはずだ。
アニメの世界から飛び出したような見た目をしている。
今日のスヤサキを見逃すはずがない。しかし…
確か、全体的に黒で統一したゴスロリだったな。
あの黒い衣装はこの闇夜に紛れて見つかりづらくなりそうだ。




