《第七話 夢なら男でも》
「なんで、俺にマネージャーを頼みたいんだ?確かこの前のイベントの時は男性のマネージャーさんが来ていたよな」
「うん、あれは実はね。ボクの…いや兄なんだ」
「あーなるほど。須夜崎のお兄さんだったのか」
須夜崎のお兄さんはあの時サングラスをかけていて、表情がわからなかった。
寡黙なお兄さんだった。
「そうなんだ。あの時は初めて人前に出るということで着いてきてもらった形で、臨時のマネージャーなんだ」
「それまでのマネージャーはどうしたんだ?」
「ルーナにマネージャーはいないよ。基本的に全ての活動は自分一人でやっていたから」
スヤサキは長い髪を人差し指でいじりながら言った。
「え?そうなのか?それはすごいな」
「そんなことはないよ。殆どの個人でやっているVチューバーさんは一人でやっているかな。大手事務所に入るとちゃんとしたマネージャーが付くみたいだけど」
「そういうことか。でもなんでまた俺にマネージャーを頼みたいんだ?」
「キミがボクの秘密を知ってしまったということが一番の理由かな。それに須夜崎夜空が正体を隠して超人気アイドルVチューバーの「月見夜ルーナ」だってことを誰かに言ってしまわないか心配だし…」
スヤサキは、ルーナの正体を知った俺が大学かどこかでうっかり人に話してしまわないか危惧している…と。
そのために今日この話し合いの場を設けたというわけか。
てか、自分で「超人気」って言うんだな。
「スヤサキ。女装趣味やルーナのことに関しては別に誰かに話すつもりはないから安心してくれ。でも…マネージャーになるのはちょっとなぁ」
俺が渋い顔をしていると、
「そ、そうだよね。ごめん、なんか図々しいお願いだったね。でもありがとうルーナのことや女装趣味のことは黙ってくれるみたいで凄く安心したよ」
安堵の表情を見せたものの、マネージャーの件を断られたことで少し残念そうに眉尻を下げるスヤサキ。
「ルーナの活動は基本的に配信の中で収まるんだけど、この前のミニライブが凄く手応えがあってルーナとして良かったんだ!ボクもすごく楽しかったんだ!この前みたいに人前にでる企画もまたやりたいと思っていたから秘密を知るキミにマネージャーをやってもらえると助かると思ったんだ…それに…」
「それに?」
スヤサキは俺の顔をマジマジと見て、頬をほんのり紅く染める。
「…な、何でもない…かな…」
何それ〜え~超~気になるんですけど~
「な、なんだよ。気になるなぁ。遠慮なんてしないで言ってくれよ」
「ホントになんでもないんだ、気にしないで…」
「そ、そうか…」
結局、何だったのか聞くことはできなかった。なんだかモヤモヤする。
今日は布団を噛んで考えながら眠りにつきそう。
「………」
「………」
沈黙が訪れた後、スヤサキが口を開いた。
「き、今日は、来てくれてありがとね。女装の件、黙っていてくれるだけでも助かるよ、今後もルーナとして活動を続けていきたいからね」
優しく微笑みながらスヤサキは言った。
「よっぽど好きなんだな?アイドル活動」
「うん、ボクの子供の頃からの夢だからね。もっとアイドル活動を頑張って、今より多くの人の癒やしや勇気になってたらいいな」
そうか、夢か。夢なら男でも女性アイドルに憧れても可笑しいことではないよな。もしかしたらスヤサキは心は女性なのかもしれない。
俺にも脚本家になって映画を作るという夢がある。
そう思うと自然とこいつの夢を応援したくなってきた。
とは思うもののアイドルのマネージャーなんてやったこともないし、やる気もないから安請け合いしてもしょうがない。
「直接手助けはできないけど、応援するよスヤサキ」
「うん、ありがとう。」
スヤサキからの話が終わり、二人の食事も終わっていた。テーブルを埋め尽くしていたお皿たちは片付けられていて、食後に頼んだコーヒーカップが2つだけになっていた。そろそろお開きだろう。
「そろそろ店を出るか?」
「う、うん…いや、もう少し考え事をしたいからボクはまだお店に残るよ」
「そうか。それじゃあ、俺は先に帰るよ。レポートがまだ残っているしな」
「うん、今日はホントにありがとうね。レポート頑張って」
「こっちこそ、奢ってもらってありがとう。今度機会があったら俺が奢るよ」
「ハハ、うん、ありがとう」
席を立ち上がり、カウンターでコーヒー豆を挽くマスターに挨拶をして店を後にした。
ふと、気になって、店を振り返り、まだ中に居るスヤサキを見る。
スヤサキはメニューを眺めた後、また何かを注文していた。
あの華奢な身体のどこに入っていくのだろうか。
お店を出ると春の終わりの空は幻想的だった。
空の上層は暗い宇宙が見えてきて、星と月が顔を出し、中層には黒に変わろうとする深い深い青、下層にはオレンジ色の夕陽が帯状になり今日の終わりを告げていた。




