《第三話 スヤサキとマスター》
お腹すくわけだ〜じゃないよ!
お昼に唐揚げ定食なんてヘヴィなもの食べといて、今からカレーライスにナポリタン!?しかもホットサンドまで食べるつもりなのか!?
その体のどこに入っていくと言うんだ!ダイエット中の世の女性が聞いたら家にある槍を持ってお前の家に出陣するぞ!
「あ!真神くん真神くん?」
「なんだ?」
「ミックスジュースも忘れないでよね」
あ!忘れてた。今のナポリタン追加の流れでミックスジュースの存在を忘れてた。
「なら、さっそく注文するか」
「うん、よろしく頼むよ」
満面の笑みを浮かべて答えるスヤサキ。これから出てくる料理たちを楽しみにしているのだろうか。
俺たちの様子を伺っていた男性が、良きタイミングで近付いてきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
注文を取りに来たのは、口ひげを生やしたダンディな男性だ。
「お疲れさまです、マスター」
このダンディに口ひげを生やしている男性は、このお店のマスター。
名前は葛城朋也さんだ。
「マスター」と呼ばれている。
「やあ、陽太君。休日なのにきてくれたんだね」
「俺のお気に入りのお店でもありますから」
「ありがとう、うれしいよ。それでこちらのお嬢さんは?」
マスターは俺と一緒に座っているスヤサキを気にしているようだ。
「同じ大学に通う須夜崎です」
とマスターに紹介しながらスヤサキに視線を送る。
「はじめまして、須夜崎夜空です」
ペコリと会釈をするスヤサキ。
マスターはスヤサキを女性だと勘違いしているようだ。
そしてマスターはスヤサキの顔をマジマジと見て一言。
「おや?先日のライブは凄く良かったですよ、月見夜ルーナさん」
マスターは今のスヤサキの姿を見て「月見夜ルーナ」だと見抜いてしまった。
うそだろ!?スヤサキはあの夜、仮面をつけていたのに
さすがマスター、長年の接客で培ったものなのか、人を見る目、洞察力が優れている。
尊敬するぜ。そこに痺れる憧れるぅ〜
「ふぇ!?ボクがルーナだってどうしてわかったんですか?」
自分の変装が完璧だと思っていたのだろう、同じ人物だと一瞬にして見抜かれてしまって変な声を出すスヤサキ。
あの時のスヤサキは仮面をつけていた。挨拶するタイミングでマスターには素顔を見せていたのかな?
でもスヤサキの反応を見る限り違うような…
「ふ、ふ、ふ…それは内緒です」
口ひげをつまみながらウィンクを一つ、パチリ。マスターはお茶目なところがある人だ。そこも俺は尊敬している。ダンディでユーモア、かっこいいマスターだ。
「え〜…」
呆気にとられて言葉がでないスヤサキ。
その間、俺は他のメニューを注文した。
「カレーライス二つ、ホットサンド一つ、ナポリタン一つとミックスジュース一つで、ミックスジュースは食前でお願いします」
「カレーライス二つ、ホットサンド一つ、ナポリタン一つ、そしてミックスジュースは食前でよろしいですね?」
「はい、おねがいします」
「かしこまりました、お待ちください」
カウンターに戻っていくマスターを横目に
「面白い人だろ?」
「う、うんそうだね。今のボクの姿を見て、ここのステージに立ったルーナだって良く気付いたよね。すごいや、服装も髪型も違うのに。何者なのマスターは?」
「ただの喫茶店のマスターだよ。仕事で培った人間観察能力ってのが高いんだな、きっと」
「ふーん、マスターはずっと喫茶店で働いているの?」
「詳しくは知らないんだが、昔はお笑い芸人だったらしいんだよな」
俺は一口コーヒーをすすった。
「お笑い芸人?」
「そう、お笑い芸人」
そういえば、マスターが昔どんな芸風の芸人をしていたのか俺は知らない。ピン芸人なのか、コンビなのか、それともトリオ?それすらも知らない。今度聞いてみよう。
「ふ〜ん、そうなんだ。今は喫茶店を経営しているってわけだ」
「昼間はな。スヤサキもここのステージに立っているから知ってると思うけど、この喫茶店は夜になると地下のイベントスペースで行われるショーを見ながらお酒が飲めるbarになる」
夜だけの特別ステージだ。少なくとも月に一回は、多くて毎週一回、何かの催し物を開いている。
「俺も時々夜のシフトに入って、この間のようにお店側のイベントスタッフとして、手伝うこともあるんだ」
「それで、ボクのライブスタッフにいたんだね」
そう、その日俺は店側からもサポート役としてライブの手伝いをマスターから命じられていた。
「まさかあの時はルーナさんの正体がスヤサキだとは思わなかったけどな」
今も目の前の人物が「須夜崎夜空」だってことが未だに信じられない自分がいる。
大学でのスヤサキは女子に囲まれるくらいのリア充なイケメン男子大学生の印象しかない。
侍らせているというよりは女性の気持ちがわかる男子みたいな?
そんなところが女性に大人気なんだろう。
あまり男子とつるんでいるところは不思議と見かけないな。男の友達がいないのか?




