《第十五話 岩屋(いわや)だな》
俺がスヤサキに紹介したお店は『豚骨のガッツリさと醤油のキレが際立つ豚骨醤油ラーメンの最高の一品』と俺と傑は思っているラーメン屋の『岩屋』である。
その濃厚な見た目に反して、醤油のキレのお陰でスープを全部飲み干してしまう一品だ。
「うわぁ!ここが二人の行きつけのラーメン屋さんなんだね。お店の名前はなんて読むのかな?」
「岩屋だな」
「岩屋って読むんだ」
「達筆過ぎて初見は読めないよな。俺もそうっだ」
「お店の入り口の前におっきな岩が置いてあるよ、真神くん?これが名前の由来かな」
スヤサキは岩の近くまで行って「おっきい〜」と感嘆した。
スヤサキの言う通り、店の入口の前にはボール状になった直径50センチくらいの岩が置いてある。
何で岩が置いてあるのかは俺もわからない。店の名前が『岩屋』だから実際の岩を置いてるのかもしれない。あるいは別の意味が込められているのかもしれない。
「それは俺もわからないよ。店員さんに聞いてみるのもありだな」
「そうだね。聞いてみしょうかな」
スヤサキはその岩を子どもの頭を撫でるように触った。俺もその後その岩を触り入店した。
ガラガラガラガラ。
「……いらっしゃいませ……」
扉を開けると一人の背の高い男性がこちらを静かに見て、静かに言った。
寡黙な男だ。ラーメン屋でよくある威圧系の店主ではなく、静かにただ静かに黙々とラーメンを作る男だ。
店内はL字型のカウンター席が厨房を囲むように設置されてあり、テーブル席が隅の方に一席だけあるレイアウトだ。
店内に入ってすぐ横に食券機がある。ここでまず食券を買うのだ。
俺はチャーシューメンにほうれん草と味付け玉子をトッピングに選んだ。
「ああ!真神くん!もう食券買ってる!ずるい!」
ずるいってなんだよ。
「俺はこの見せに来たら毎回この組み合わせのトッピングと決めているのだ。故に迷うことなくすぐに食券を購入できるのだ」
俺はドヤ顔でスヤサキに買った食券を見せびらかした。
「ん〜。ボクはまだ何を食べようか決めかねているに〜」
「悩め悩め〜」
「それに良かったの?真神くんは本当にそれで?」
スヤサキは眉を潜めて、首を傾げた。
「良いに決まってるだろう。俺はこの組み合わせが好きなんだ。これは譲れん。少し値が張るが俺は気にしない。この組み合わせには信頼を置いている」
「うん。ボクも自分が好きなものを食べれば良いと思うかな。だけどね、真神くん?ボクが気にしていることはそこじゃなくて、自分でお金出して良かったの?」
「へ?」俺は何を言われているのかわからず間抜けな返事をした。
「だって、今朝のファミレス代を出してもらった代わりにここのお代はボクが出すって話だったじゃない、忘れちゃった?」
「あああ!!!?」
俺は思わず大声を出して、驚いた。
「お客さん……どうかされましたか?」
目付きの鋭い店主が大声を出した俺に静かだけど、突き刺すような声をかけた。
「い、いえ。すみません。何もありません。大きな声を出してごめんなさい」
俺は頭を下げて謝った。
「……いえ、何もなければ……」
そう言うと店主はラーメン作りに戻った。あの鋭い目つきと声の雰囲気……。
只者ではないって感じだな。
「大丈夫?真神くん?」
「ああ。それにしても気付いてたんなら一言くらい言ってくれよ〜」
俺はスヤサキに責任を転嫁して言った。
「そんなこと言われたって、真神くんがすでに食券機で食券を買っちゃったんだから仕方ないかな?」
ごもっともである。でも言ってほしかった……ぐすん。
「じゃあ。今、真神くんが買った食券のお代分を渡すよ」
「いやいや。それはだめだ。現金はもらえないよ。あくまで食事を奢ったから食事で返してもらいたいんだ。今回はもう大丈夫だから気にするな」
「そっか。わかったかな。それじゃあまた今度お食事誘うよ。その時にね」
「おう。ありがとうな、スヤサキ」
「うん。ニヒヒ」スヤサキはあどけない笑顔を浮かべた。
スヤサキも自分が好きなトッピングを組み合わせて食券を買った。俺たちは食券を店員に渡して、空いていたカウンター席に二人並んで座った。
「スヤサキは何を選んだんだ?」
「ボクはね、チャーシューメンの大に〜味付け玉子、やまくらげ、ほうれん草多め、中ライスにチャーシューをトッピングしたよ」
「チャーシューメンにチャーシューをトッピング!?」
「ん〜?」
ギロッ!とまた店主に睨まて、「すみません」と俺は小声で謝った。
「もう〜。静かにしなよ〜真神くん〜」
「ごめんって、しかしそのトッピングはなぁ〜」
俺はその贅沢なトッピング。あるいは二度手間で食い意地全開のチョイスに驚愕した。
それはもうおデブさんの食べ方じゃないか!
「何がいけないかな?」
「だってもうチャーシューメンはチャーシュー入ってるんだぜ?だからチャーシューメンなんだ」
「そんなことは分かってるよ〜。ボクがこのトッピングしたのは理由があるかな」
「なんだよ理由って?」
「それは頼んだ食事が来た時のお楽しみだよ〜」
スヤサキは「フフフ〜ン」といった様子で答えをお預けした。
そして俺は「くぅ〜〜ん」といった表情を見せた。




