《第十四話 やっぱり食べ物系の動画は大人気だよね》
俺たち三人は猫カフェで映画「シャーロック・ホームズ」の感想会を始めて二時間くらいが経過した。意外と話したな。スヤサキの膝の上で寝ていたラグドールのヨゾラちゃんはいつの間にか日の当たる窓辺の近くで外を行き交う人々の群れを目で追っていた。
「そろそろ良い時間だからこの店を出ようか?」
そう傑が言って今回の映画感想会はお開きになった。
猫カフェを出て、地上に降りた。時刻は午後4時を過ぎたところだ。
「じゃぁここらで解散にするか?」
「ああ、そうだな」
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
左手の手のひらを俺と傑の顔の前に出してスヤサキが言った。
「キミたち〜何かひとつ、大切なことを忘れてはいないかな?」
前に出した左手の人差し指を一本立ててスヤサキは言った。
「何だよ?大切なことって?」
「うっ!ひどいな、真神くん。本当に忘れてしまったの?宇賀野君は?」
「悪い。何のことだかさっぱりだ」
「もう〜このあとは二人が行きつけの美味しいラーメン屋さんに連れて行ってくれる約束でしょ?」
「「ああ〜」」と俺と傑は同時に頷いた。
「そうだ。そうだよな。ラーメン屋に連れて行く約束だったんだ。悪い!スヤサキ!」俺も右手を上げてスヤサキに手のひらを見せて謝った。
「あちゃ〜。そうだったな、すまん陽太、スヤサキ。俺はここで離脱させてもらう。さっき猫カフェにいる時に親から連絡があって家に帰らないと行けないんだ」
「ああ、なんだそうか。それなら仕方ないな」
「ええ〜。そうなんだねそれなら仕方ないかな。わかったよ。ラーメン屋さんにはボクと真神くんで倒して来るよ」
倒すって何かモンスターでも出てくるのか?
「ハハハ。おう!あとの冒険は二人に任せた」傑はノリの良いやつである。
傑と吉祥寺駅で別れた俺とスヤサキは俺と傑の行きつけのラーメン屋に連れて行くために歩き出した。
「ボク、なんだかワクワクするかな。そのラーメン屋さんは近いの?」
楽しそうに両手を大きく振って俺の横を歩くスヤサキはにこやかな笑顔で聞いてきた。
「まぁ、ここからだとだいたい歩いて十分くらいかな。そこのラーメン屋、マジで美味いから病みつきになるかもしれないぞ。覚悟しとけよ、ニヒヒ」
俺は不敵な笑みを浮かべてスヤサキがラーメン中毒になるのを想像した。
「本当に!?うわぁ!それは楽しみかな。ボク、ラーメン屋さんって一人で入ったことないんだよね」
「ええ!?あの食べるの大好き!スヤサキさんが!?ラーメン屋に入ったことないだと!?」
俺は歩みを止めて両手をハンズアップ!オーバーリアクションで驚いた。信じられない。あのスヤサキさんが!?
「うん。というかラーメン屋さんでラーメンを食べたこともないかな」
「うっそぉ〜〜〜〜ん!!?」これまたハンズアップ。二回目のオーバーリアクションで俺は驚いた。驚愕である。我が耳を疑うとはこのことである。
「嘘じゃないよぉ〜。どうしてそんなにビックリするの〜?」
アハッ!とスヤサキは朗らかに笑みを浮かべた。
「だって、信じられないよ。食べるの大好きスヤサキさんが、一人ラーメンどころかラーメン屋に入ったこともないなんて信じられないよ!!もしかしてラーメン自体食べたことないとか!?」
「あるよ。あるある。ラーメンは食べたことあるからぁ」
「まさか〜。インスタントラーメンって言うんじゃないだろうな?あれも充分美味しいラーメンではあるが…」
「ボクはインスタントラーメンは食べないかな」
「へぇ〜。それはまたなんで食べないんだ?」
「なか…えっと…ボクの家ではインスタントな食べ物がNGなんだよね。今の家でも兄にとめられてるから食べれないんだよ」
そういえばスヤサキはお兄さんと二人暮らしだったな。
「健康志向が高い家族なんだな」
なのにあの大食いは良いのか?
「兄と二人暮らし始めたら、少しはゆるくなったけどインスタント系の食べ物は未だに食べさせてはくれないかな。でもね、ボク今度ね。ルーナで食べ比べ動画を撮影してみようかと考え中なんだ。それこそ『コンビニのインスタントラーメン食べ比べしてみた!』って企画を考えてるんだけど、兄をどう説得したら良いかなやんでいるの。なにか良い案はあるかな?真神くん?」
「インスタントラーメンの食べ比べ配信か、面白そうだな、その企画」
「でしょ〜。他にも食べ比べ動画作りたいんだよね〜」
「他にはって、例えば何があるんだ?」
「例えばね〜。ファーストフード店のハンバーガーを食べ比べるの。『ルーナが決めるナンバーワンバーガーはこれだ!!』って企画も考えてるかな」
「ああ。ハンバーガーの食べ比べ動画か。俺もよくその手の動画を観ちゃうんだよな。ああいう動画は面白いよな」
季節ごとに出るハンバーガーとかの食レポとかもよく見る。
「だよね。やっぱり食べ物系の動画は大人気だよね。つい観てしまうのもわかるかな」
お前は特に好きそうだよな?スヤサキ?
「他にはね。食べ比べとかじゃないけど、『安くてボリュームが凄くて美味しい!』って日本全国のお店を探す企画とかも良いんじゃないかって思ってるんだよ」
スヤサキは食べ物のことを想像しているだけで、幸せいっぱいに笑顔になる最高に幸せなやつだ。その笑顔を見ているとこっちも幸せになりそうだ。
「そうだよな、つい観てしまうよな…っと着いた、着いた。ここが俺と傑が行きつけのラーメン屋は」俺は足を止めて一つのお店を指をさした。




