《第十一話 心の友よ》
「いい映画だったな。脳内で戦いをシュミレーションするのが面白かったな。音楽も前作に引き続きかっこよかったよ」
エンドロールが終わり館内が明るくなると、俺の左隣に座っていた傑がそう感想を言った。
「そうだよな。脳内で先に戦いをシュミレーションして、その通りに動くホームズが凄すぎる。この映画はアクションが良い!」
何度も観た映画だがやっぱり大画面と整った音響環境の中で観る映画は格別だ。
「ボクも、もぐもぐ…ホームズかっこいいと思ったな。モリアーティ、もぐもぐ…教授はすごく怖かったね。あんなに頭が良いのに犯罪に使うなんて、もぐもぐ…ボクも大人に騙されないように気をつけないと」
スヤサキも残ったポップコーンを口に入れながら映画の感想を口にした。
スヤサキはホームズの宿敵、モリアーティ教授を恐れているようだ。確かにホームズと互角の知能に加えて拳闘のチャンピオンってのは怖いよな。ちなみに今食っているポップコーンは俺と傑が上映中に食べきれなかったポップコーンである。
「ハハハ。面白いなスヤサキ。確かにモリアーティ教授みたいな奴が近くにいたら、知らず知らずのうちに犯罪に手を染めているかもしれないな。しかもホームズと同じ能力を使えるってのがまたね。ラスボス感があって良いキャラクターだよな」
「うん。ボクはあと、アイリーンも良かったと思ったかな。気高くて気品があって、かっこいい女性に憧れるなぁ〜。あ~ん」
アイリーン・アドラーに憧れているというスヤサキはポップコーンカップを傾けて残りのポップコーンを豪快に丸呑みした。全くアイリーン・アドラーのような気高くて気品があるような食べ方ではない。
「お!良いね。スヤサキの女装姿見てみたいな」
傑がなんとなしにそう言った。
「ぶふっ!……ガッ!ケホッケホッ!」流し込んでいたポップコーンが変なところに入ったのだろう。スヤサキは突然むせだした。
「お、おいどうした?大丈夫か?スヤサキ?」
俺はケホケホと苦しそうにむせるスヤサキの背中をさすった。
「ケホッケホッ……あ、ありがとう、真神くん」
「大丈夫かよ?スヤサキ?俺、水持ってるから。これ飲みな」と傑はペットボトルに入った水を取り出した。開封されてない水だったらしく、傑はキャップをひねってスヤサキに渡した。
「あ、ありがとう……ゴクゴク…プハーッ……助かったよ宇賀野くん」
「いいって気にするなよ。しかし、なんで急にむせたりしたんだ?」
「えっと…それはその…」歯切れの悪い受け答えをするスヤサキ。ここは助け舟を出さねば。
「どうせ、ポップコーンを勢い良く流し込んだせいで変なところにはいっちまったんだろう。こいつ見た目より食い意地張ってるから」
「へぇ〜。そうなの?意外だな。大学一モテる男子の秘密って訳か」
傑は不思議そうにスヤサキの顔を覗いた。
「ま、まぁね。エヘヘ」頭をかいて笑顔を浮かべるスヤサキはどこかバツが悪そうだ。
それもそうだ。スヤサキがポップコーンを流し込んで変なところに入ってむせた原因は傑がなんとなしに放った「女装」というキーワードだからだ。
スヤサキがプライベートで女装を楽しむ男子だということはこの場では俺しか知らない事。スヤサキ本人から女装のことは秘密にしてほしいと頼まれているので、親友の傑にも黙っておかなければいけないのが辛いところだ。しかもスヤサキがやっているバーチャルアイドル活動のマネージャーもやってることも隠してる。
許せ、傑。親友のお前に隠し事なんてあってはならないとは思っている。
でもな、世の中そう簡単にはできちゃいないんだ。いつかこの秘密もお前に話せるときが来るかもしれない。その時まで待っていてくれ、心の友よ。
「どうした?陽太?俺の顔に何かついてるか?」
「ああ、いやいや。なんでもない。ちょっと考え事をしていただけだ。それよりこの後少し行きたい所があるんだがいいか?」
「行きたい所?」傑は頭の上に?マークを浮かべた表情で言った。
「行きたい所って猫カフェだったのか」
傑がお店の中を覗いて言った。
「Welcome」と書かれた文字の隣に猫がお行儀よく座ってる看板が印象的な猫カフェの入り口の前に俺たちは来ていた。
映画館の入っている同じビルの中に「CAT Love Csfe」という猫カフェが入っている。吉祥寺に着いた時、スヤサキが入りたいと言っていたので俺はここでさっき観た映画の感想会ができたら良いなっと思って傑をここに連れてきたのだ。
「そうだ。スヤサキがどうしても猫カフェに入りたいんだって言うから、映画を観た後に入ろうと考えてたんだ。くつろげるスペースもあるからそこでさっき観た『シャーロック・ホームズ』の感想会ってのはどうかと思ってな。傑も感想会好きだろ?」
「もちろんだろう。そうじゃなきゃ、誰かと映画なんか観たりしないよ」
「ハハハ。そうだよな。さすが俺の親友」
俺と傑の後を着いてきていたスヤサキがジーッとこちらを見ていることに俺は気付いた。
「仲良しだね。二人とも。良いなぁボクにもそんな親友がほしかったな……」
スヤサキはショーウィンドウの中のおもちゃを眺める子どものような眼差しで俺と傑を見ていた。欲しくても手に入らない。そういった哀しさを宿した瞳だった。




