《第十話 痴話喧嘩じゃない!》
声が聞こえた方を振り返ると、自転車に乗った警察官が猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。いわゆる「白チャリ」という自転車に乗って向かってくる。
その後ろの方で手を振る男がいた。あれは傑だ。
「傑!?来てくれたのか!?」
俺は親友の登場に嬉しくなり、拘束しているリュウの手を離してしまった。
リュウはその隙を見逃さず、モゾモゾと体を動かしてヘビのようにするりと俺の拘束から抜け出した。
「あ!しまった!こいつ!」
「うぅぅ〜。ケンちゃん、痛かったよ〜」
「リュウ!泣いてる暇なんかねぇぞ!誰かがサツを呼びやがった。ここはずらかるぞ!走れ!」
ケンちゃんはそう言うとリュウを待たずに逃げていった
「ううぅ〜。待ってよ〜。ケンちゃ〜ん!!」
リュウは涙をその血管が浮き出たぶっとい前腕で拭い、ケンちゃんの後に付いて走っていった。
「待てっっっぇ!逃げるなぁぁあああああああああああ!」
ケンちゃんとリュウが逃げていった後を猛スピードで白チャリで追う警官。
まるで親の仇の首を取らんとする顔つきで自転車を漕いでいた。
凄い形相の警官だな。あれならさっきの二人も捕まるだろう。それより心配なことがある。
俺は警察〇〇時のような逃走劇シーンから、傍らで地面に尻もちを付いているスヤサキを見た。
「おい?大丈夫か?スヤサキ?」
「ふぇ?……あ!う、うん。なんとか……ありがとう」
尻もちをついて動けないスヤサキに俺は手を差し伸べた。
「立てるか?引っ張り上げるぞ?」
「うん、おねがい」
「よっと!」俺はスヤサキの手首を握り引っ張り上げた。
「わぁっ!」ばふっ!
力を入れすぎたようで勢いがついてスヤサキは俺の体に飛び込むように倒れてきた。
「すまん。力を入れすぎたか?」
「ううん。大丈夫かな。まだ足が震えていて力が入らなかっただけだから」
「そうか。怪我はしていないか?」
「それも大丈夫かな。でも服が少し汚れちゃったかもだけど。どう?何か付いてる?」
スヤサキは自分のお尻を見るようなポーズをとった。顔は後ろを向き、自分のお尻を覗いてる。グラビアアイドルが良くとるポーズに似ている。
「ああ、大丈夫。目立った汚れとかは付いてないな。まぁ砂ぼこりくらいだろ」と俺はそう言いながらスヤサキのお尻をパンパンと手で砂ぼこりを落としてやった。
「ひゃん!」
「え!?どうした?」
変な声出すなよ!?驚くだろう。
「もう〜!!いきなり人のお尻に触らないでよ〜」スヤサキは少し頬を赤らめてジトッと下目で睨んできた。
「いや、砂ぼこりが付いてたからはたき落としてやっただけだって。そんな目で睨むなよ」
「お!なんだ?なんだ?痴話喧嘩か?」
そこに登場したのは俺の親友。宇賀野傑だ。
「「痴話喧嘩じゃない!」」
「おお!息ぴったりじゃん!相性ぴったりだな。夫婦漫才始めてみたら?」
「何言ってんだよ、傑」
「そうだよ!宇賀野くん!ボクと真神くんが夫婦なんて……そんな…ダメだよ…」
スヤサキは頬を少し赤らめて抗議した。なぜそこで頬を少し赤らめる?
「ハハハ。まぁ冗談だからそんなに怒るなよ。しかし、災難だったな。あんな変な輩に絡まれて」
「ああ、本当だよ。だけど助かったよ、傑。ありがとな」
「良いってことよ。あれくらいはお安い御用だ」
「ん?ん?何の話をしてるのかな?二人とも?」
スヤサキは頭の上に疑問符を浮かべてるかのような顔で俺と傑の顔を交互に見ている。
「俺があの当たり屋の一人を取り押さえていた時にもう一人の当たり屋が襲いかかろうとしていただろう?」
「う、うん。ボク怖くて動けなかったよ。ごめんね」
「良いって、良いって。俺もナイフ出された時には正直固まっちまったからな、同じさ。そのまま固まっていたら俺は無傷では入れなかっただろうぜ。でも、そこに助け舟を出してくれたのが傑だ。あの警官を呼んでここまで連れてきたんだ。だよな?傑?」
「まぁね〜」
傑は目が糸目になるくらいニコッと爽やかに笑った。
「そういうことだったの!?ありがとう宇賀野君」
「スヤサキは尻もちついてビビってたからなぁ〜。気づかなかったんだな」
俺はやいやい!と両手の人差し指でスヤサキを指してからかった。
「だ、だってあの男の人、ボクを変な目で見てたんだもん!急に怖くなって足に力が入らなかったんだよ。真神くんも同じ目にあったら怖いと思うな」
まぁそうだよな。知らない男にそんな目で見られたら誰でも怖いか。あの男の人こと、金髪頭のケンちゃんはスヤサキを女性だと思い込んでいたようで舌なめずりしていたからな。あれは俺も気持ち悪いと思ったな。
「まぁまぁ、お二人さん。そろそろチケット買いに行こうぜ」
「お!?そうだな。いい席が埋まっちまうな」
「ム〜。真神くんわかった?」
「わかってるって、ほらスヤサキも、早く行かなきゃポップコーンが売り切れちゃうぜ」
「そ、それは嫌だよ!早く行かなきゃ!」




