《第八話 よせやい!照れるじゃねえか》
昼前の吉祥寺駅に到着した。俺はひどく意気消沈していた。
「もう〜、元気だしなよ〜。真神くん〜」
そんな落ち込んでいる俺の背中にスヤサキが声をかける。
「元気だしなよってなぁ……スヤサキがあんなに食べるから俺の財布が痩せちゃって痩せちゃって……」
「ごめんってば〜。たまたまお財布を忘れちゃったんだから、仕方ないじゃない」
スヤサキは悪いと思っているのだろうか、両手を胸の前で合わせて謝るポーズをする。
今朝の楽しい朝飯会はスヤサキの「あ!ごめん。お財布忘れちゃった、てへペロ」の一言により終わったのだ。俺の財布もね。
でもね奢ると言った手前、金を出せと言うのは俺のプライドが許さない。俺は全額奢ることにした。目が涙で滲んでいたけどね。
俺は電車から下りて改札口に向かった。ゾンビのように。
傑との待ち合わせの映画館へとトボトボと歩く俺の背中にスヤサキは言った。
「わかったよ〜。真神くんがお金を受け取らないならさ。映画を観る時のポップコーンとジュースはボクが奢ってあげるから元気だしてよ、真神くん」
「ポップコーンとジュースだけ?」
俺は足を止め、ちらっと横目でスヤサキを見つめた。
「え?う〜ん、そうだな〜お昼は何が食べたいかな?」
「ラーメン。むしろポップコーンとジュースよりラーメンが食べたい…」
お金を催促するのは忍びないので、せめて同じ食べ物を催促する。
「んん?ラーメンか〜」腕を組んで考え込むスヤサキは、
「いいね!ボクもラーメン食べたいかな。わかった、ラーメンを奢ってあげる」
パンッと両手を合わせた。
「え!?良いのか?」
「うん、良いよ。映画を観終わったら宇賀野君と三人で行こうよ」
「そうだな、傑も喜ぶだろう。そうだ、俺と傑の行きつけのラーメン屋に行こう。スヤサキにも教えてやるから」
「本当?やったぁ。ありがとう、二人の行きつけのお店かぁ。嬉しいな。どんなお店なんだろう?楽しみだな」スヤサキは明るく花が咲いたように笑った。食べ物好きなやつは新しいお店を知るのが嬉しいようだ。まったく、可愛いやつだ。
「俺も久しぶりに行くから楽しみだな」
ラーメンを一杯奢られても今朝の朝飯代には及ばないものの、ポップコーンとジュースとお気に入りのラーメンが食えるならそれで良い。二人で楽しかったんだ。三人ならもっと楽しいだろう。
「ところで真神くん、映画館へはどれくらいかかるの?」
スヤサキは俺の横に並んで歩いて聞いた。
「あれだよ」俺は駅の改札を抜けて指をさした。
「うわ!目の前だ!すごく近くだね」
「駅から徒歩一分の優良物件だ」
駅を出てすぐにお出迎えしてくれたのは上の階が映画館になっている7階建てのビル。
映画館の他に飲食店、本屋、服屋なども入っている複合施設だ。
「俺らが行く階は一番上の7階にあるスクリーンだな」
「そうなんだ。早く行こうよ、真神くん」
ワクワクといった感じで俺の袖を掴んで言うスヤサキ。
「おいおい。まだ赤信号だろ?そんなにはしゃがなくても」
「だってあのビル猫カフェが入ってるみたいだよ」
スヤサキは遠目から見たビルの看板の中から「CAT love Cafe」という文字を見つけてはしゃいでる。おいおい。今日のメインは映画を観ることだろう?まぁ映画を観終わってからの感想会の場所としてその猫カフェを使うのも良いかもな。
「そっか。それなら映画の後にでも寄っていくか?」
「いいね!さすが真神くん!ボクのことよくわかってるね。あっ!でもお昼にラーメンの約束があるよ。そのラーメン屋さんはあのビルの中にはないんだよね?」
喜んだのもつかの間。俺の行きつけのラーメン屋に行くことを思い出し、食欲と猫欲の板挟みにあって「う〜ん、う〜ん」と頭を抱えるスヤサキ。
「そんなに悩むな。行きつけのラーメン屋は夜でもやっている。昼はあのビルの中に入っているファストフード店にでも入って軽く済ませて、ラーメン屋は夕食の時に行こうぜ」
「わあぁ!いいね!そうしよう!それが良い!天才だね真神くん。惚れ直しちゃったよ」
「ハハハ、よせやい!照れるじゃねえか」俺は人差し指を鼻の下に当て、擦った。あの江戸っ子がよくやっている印象的な動きを。
「あ!信号が青に変わったよ。早く行こ」スヤサキは俺の袖を掴んで走り出した。
「おいちょっと待て!いきなり走り出すなよ。転ぶぞ」
「へいきへいき〜」スヤサキは後ろを向いて、無邪気にころころと笑った。
「おい!前見ろって!危ないだろって」
「大丈夫だって、キャッ!!」
横断歩道を渡りきったところで、後ろを向いたまま走っていたスヤサキは、すれ違う人だかりの中の一人の男性にぶつかって尻もちを突いてしまった。言わんこっちゃない。
「おい、大丈夫かよスヤサキ」
「痛てて、うん…大丈夫だよ。お尻打っちゃったけど…」
お尻を擦りながらスヤサキは言った。
「あの…ごんめんなさいボクよそ見しちゃってて、お怪我はありませんか?ひぃ!!」
突然小さく悲鳴をあげたスヤサキが見たものは、スヤサキにぶつかられて仁王立ちをしている男性だった。しかもスヤサキを睨みつけてる。ぶつかられて相当怒ってるなぁこれは。