04.人間じゃない
「私たちもそろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
それからしばらくして。
久しぶりの裏山を堪能した私たちも、山を下りることにした。
「久しぶりに椛と二人で遊べて、楽しかった」
「うん、この山で遊ぶのは本当に久しぶりだよね」
「……僕は山じゃなくても、椛と二人ならどこだってよかったんだけどね」
「え?」
そう言って突然、宗ちゃんは足を止めた。
「椛、高校を卒業したら言おうと思っていたことがあるんだけど……」
「……なに? 宗ちゃん」
「椛は、僕にとって唯一心を許せる大切な友達だったけど」
「うん……?」
私にとっても宗ちゃんは大切な友達だよ。
そう答えようと思ったけど、宗ちゃんがすごく緊張しているのが伝わってくる。
どうしたのかしら……?
「けど、本当は――」
宗ちゃんが、何か大切なことを言おうとしているような気がした、その直後。
〝ビュウウウウ――〟
「きゃ!?」
「うわっ!?」
とても強い風が吹いた。
まるで世界が揺れたように感じるほど、強い風が。
「椛、大丈夫?」
「うん、びっくりしたけど――……って、ここ、どこ……?」
「え……?」
突風に思わず目を閉じてしまった私は、次に目を開けて見た光景に、思わず息を呑んだ。
明らかに、何かがおかしい。
まだ日は暮れていなかったはずなのに、一瞬にして辺りは薄暗くなっている。
それに近くの木々は枯れているし、背筋が凍えるような冷たい風が吹いている。
「ここ、さっきまでいた裏山じゃないよね……?」
「うん、違うと思う……」
〝ギャー、ギャー〟と、遠くで何かが鳴く声に、私と宗ちゃんは震えながら自然と身を寄せ合った。
「――あらぁ、こんなところに人間? 珍しい」
混乱と恐怖で動けなくなっていた私たちに、突然かけられた不気味な声。
とても美しくて色気のある女性の声だけど、なぜだかぞくりと身体が震える。
「……だ、誰……?」
「ふふ、美味しそう」
振り向くと、少し離れたところに女性が一人立っていた。
とても綺麗な人。
着崩した襟元が色っぽくて、艶のある黒髪を結い上げた美人。
けれど、こんな場所に着物を着た女性が一人でいるなんて、とても違和感がある。
それにこの人、なんだか様子が普通と違うような……?
「そうだわ、あの方のところへ連れていきましょう」
「あ、あの方……?」
「ふふふふ、きっと褒めてくださるわぁ」
独り言のように呟いた女性の口元がにやりと上がる。そこで、人間のものとは思えない鋭い牙がぎらりと光った。
この人……人間じゃない……!?
「……椛、逃げよう!!」
「う、うんっ……!」
「あら、逃げたって無駄よ」
宗ちゃんの言葉に頷いて走り出した私たちだけど、女がすぐに追ってくるのがわかる。
それでも、私と宗ちゃんはとにかく必死に走った。
「ああん、可愛いお嬢ちゃんだこと」
「ひっ!」
あっという間に追いつかれてしまい、私の耳には舌なめずりをするような色っぽい女の声が響く。
「可愛くて妬けちゃうわぁ」
「いや……っ! 来ないで!!」
女がそう言った直後、私の足に何かが絡みついた。
「……っ!?」
足の自由を奪われて、私はその場に転んでしまう。
「なに、これ……!」
「ふふふふ、大丈夫。私の毒で、すぐ楽にしてあげる」
毒……!?
すぐ近くまで迫ってきていた女が、そう言って口を開いた途端。
先ほどまでの美しい容貌が一変し、血のように真っ赤な眼光を光らせ、一気に牙が鋭く伸びた。
噛みつかれる……!?
「椛!!」
身構えた直後。
宗ちゃんが私の名前を呼んで、落ちていた木の棒で女の頭を殴った。
そして、すぐに私の足に絡みついていた白いねばねばしたものを引きちぎってくれる。
「立って!!」
「うん……っ」
宗ちゃんに手を引かれ、再び走り出す私たち。
「……痛った~! 何するのよこのガキ!!」
けれど、女は甲高い声でそう叫ぶと、宗ちゃんを睨みつけた。
「二手に別れよう! 僕はこっちで引きつけるから、椛は向こうに逃げて!!」
「う、うん……!」
「逃がさないわよ、くそガキが!」
宗ちゃんに言われるまま、私は後ろを振り返らずに全力で走った。
女は宗ちゃんを追ったような気がするけれど……今はとにかく、必死に走った。
迷っている余裕はない。捕まれば殺される。
それだけはわかる。
だから、私は震える足を必死に前に出して、宗ちゃんも無事逃げられることを祈りながら、一生懸命走った。