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34.前世の記憶

「椛、少しいいか」

「うん。……?」


 その日の夜、銀夜に呼ばれた私は彼の部屋を訪れた。


「まぁ、座れ」


 まだ布団が敷かれていないことに、少しほっとする。

 今はもう、彼が無理やり私になにかするとは思っていないけど、以前押し倒されたことがあるから。


 正座をする私の向かいに、銀夜はあぐらをかいて座った。


「おまえ、宗太のこと構いすぎじゃないか?」

「……だって、宗ちゃんは鬼に囚われていて、怖い思いをしてたんだよ? それにまだこっちの世界に慣れていないし」

「そうだが……いつまで面倒見る気だよ。あいつだって子供じゃないんだから、もう大丈夫だろ」

「でも、宗ちゃんは私のせいで」

「おまえのせいじゃない」

「私のせいだよ……!」


 つい、大きな声が出た。

 銀夜は冷静に話してくれていたのに。


 私は今でも自分のせいで宗ちゃんを巻き込み、危険な目に遭わせてしまったことを悔やんでいる。


「宗ちゃんは関係なかったのに。私と一緒にいなければこっちの世界に来てしまうこともなかったし、私を助けようとせずに逃げてくれたら、捕まることもなかったかもしれない」


 宗ちゃんは今でも時々、鬼に囚われていたときのことを思い出し、恐怖に震える。

 夜も眠れない日があるみたいだし、悪夢を見ることもあると言っていた。


 こうして助かった今でもまだ、彼の中に恐怖は残っている。

 その記憶は、もしかしたらこの先もずっと彼を苦しめるかもしれない。


 そう思い、ぎゅっと両手を握りしめて唇を噛んだ私に、銀夜は言った。


「おまえが「助けてくれ」と頼んだのか? 違うだろ。宗太は自分の意思で囮になった。自分の力では女郎蜘蛛を倒せないとわかっていたから、おまえを助けたくてそれを選んだんだ」

「だから……、それは私のせいじゃない」

「違う。宗太がそうしたくてしたんだ。それをおまえがいつまでも気にしていたら、あいつだって辛い」


 銀夜のまっすぐな視線からは、決して私を慰めるために言っていることではないという想いが伝わってくるけれど。


「……どうして銀夜にそんなことがわかるのよ」

「俺でもそうするからだ」

「え?」

「もし、自分では敵わないとわかる相手と対峙したら。自分の命に替えてでもおまえを守る」

「……」


 真剣な表情の意味がわかった。

 銀夜も宗ちゃんと同じ気持ちなんだ。


「俺は、おまえの幸せを必ず守る」

「……」

「三百年以上前から、ずっとそう決めている」

「……三百年以上前から?」


 なに、言ってるの?

 三百年以上も前に、私たちが出会っているはずないのに。


「やっぱり、覚えていないんだな」

「なにを……?」

「……いや、いい」

「銀夜、どういうこと?」


 口ではそう言ったけど、銀夜はなんだかとても切なそうに目を逸らした。


 なにか言いたいことがありそうなのに、言えないように見える。


「ねぇ、銀夜。なにかあるなら言って――」


 そこまで言ったとき。

 突然銀夜に抱きしめられた。

 なにも言わずに、ただ強く。


「……銀夜?」

「……」


 びっくりしたけど、嫌じゃない。


 銀夜の温もりは、犬の姿のときとは違うあたたかみがある。

 なぜだかとても安らぐ。


 こうして人型の銀夜に抱きしめられるとすごくドキドキするけれど、同時にとても懐かしい感じがして、心が安らぐ。


 私は銀夜にこうして抱きしめてもらうのが、大好きだったような気がする。


「何度生まれ代わっても、俺はおまえのことしか好きにならない」

「――え」


 そんな、いくらなんでもそれは……。


「大袈裟、だよ……」

「……」


 銀夜の切なげな視線も、声も、とても気になる。

 けれど「悪い」と小さく呟いて先に部屋を出ていった銀夜に、私はなにか大切なことを忘れているような気がして、そのことがやけに気になった。


「……銀夜、刀を置いていってるわ」


 それがなんなのか思い出そうと頭を悩ませていたとき。

 ふと、銀夜の刀がそこに置いてあることに気づいた。


 いつも大事そうに腰に差しているのに、部屋に置いてあるのは珍しい。


 じっくりと観察してみると、その刀はかなり古いものであることがわかった。

 大切に手入れされているようだけど、きっと何十年――何百年も前からずっと、山犬の当主となる者に受け継がれてきたのだろう。


 柄のところに埋め込まれている白銀色の宝玉は、姫巫女様の力が宿った、山神様の宝玉。


「本当に、とても綺麗」

「……」


 その宝玉の不思議な魅力に導かれるように刀を手にした私は、無意識に宝玉を撫で、刀をぎゅっと胸に抱いた。


「……っ!」


 その瞬間。

 ぶわっと溢れ出るように宝玉から放たれた突然の閃光が、私の胸元に提げている勾玉を照らした。


 共鳴するように輝く勾玉の赤い光と、宝玉の白銀が混ざり合い、その輝きの中に昔の記憶が一気に蘇ってくる。


 まるで過去の私が今の私に語りかけるように、遠くの記憶が呼び覚まされていく。


 これは……姫巫女様の――前世の記憶。




 ――それはまだ、あやかしが二つの世界を自由に行き来していた頃。


 のどかな山の中で巫女服を着た私が、白銀色の長髪の男性に寄り添っている景色が浮かんだ。


 その人はとても大きくて、あたたかくて、優しい人。


 私はその人のことを心から慕っていて、大好きで。とても幸せだった。

 顔はもやがかかったようで、はっきり見えないけど。笑っているのがわかる。


 私たちは、愛し合っていた――。


 でも突然、場面が変わったかと思ったら、私たちは離ればなれになってしまった。

 愛しいその人と繋がれていた手は、この世界のために離さなければならなかった。


 鬼――黒鬼丸を、人間の世界に入れないために。

 私は愛しいその人と別の世界で生きていくことを受け入れた。


〝ぎん――! 来世でまた、必ずあなたと結ばれたい!〟


 最後にその言葉を口にした瞬間、相手の顔が見えた。


「……銀夜――」


 そう、その人は銀夜だった。


 ……ううん。正確には違う。彼の名前は〝ぎん〟

 銀夜の前世は、姫巫女()と一緒に鬼を封印した、〝ぎん〟だった。


 そして私の前世は、姫巫女〝もみじ〟



「私たちは、前世で愛し合っていた……」



 それを思い出した途端、ツーっと頰を涙が伝い落ちた。


 二人で分かち合った喜びや悲しみ、愛情や希望が混ざり合い、心を揺さぶる激しい感情の波が押し寄せる。


 まるで、宝玉の中に閉じ込められていた記憶が勾玉の光と交わり、私の記憶を呼び覚ましたようだった。



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