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31.姫巫女の力

 確かこのあやかしは、鬼の仲間だと玲生さんが言っていた。

 ……でも、近くに鬼はいないようだ。


「やっと捕まえた。あいつらの目を盗んで小僧を糸で操っておびき寄せるのに、苦労したわぁ」


 宗ちゃんは、糸で操られていたの?

 だから愛琉の呼びかけにも応じなかったのね……。

 毒かなにかで、眠らされていたのかもしれない。


「私たちをどうする気?」 

「あんたを黒鬼丸様に差し出すのよ。ふふ、今度はちゃんと捕まえた。よくやったと褒めてくださるわぁ」

「……」


 ふふふ、と嬉しそうに笑う女。

 そうしているのを見ると、本当にただの美しい女性に見える。


「でもこんな小娘に、本当に姫巫女の血が流れているのかしら? 私には全然わかんない」


 不満げにそう呟くと、私の顎を掴んでぐいっと持ち上げ、溜め息をつく女。


 どうしてすぐ鬼のところに連れていかないのだろう……。


「私のほうがずぅっと美しいのに……どうして黒鬼丸様はこんな小娘がいいのかしら」

「……」

「私もあやかしだけど、あんたにはなんの魅力も感じないわ」


 じろじろと私の顔を眺めながら、はぁ、と溜め息をつく女に、同性だからだろうかと考える。


 でも、結ばれずとも私を喰べれば……この女も力を得られるはずよね?


「黒鬼丸様はあんたに夢中で、全然私に振り向いてくれないの」

「そんなこと言われても……」


 私にどうしろと言うのだろう。

 あやかしは一途だと聞いたけど、鬼もそうなのだろうか。


「黒鬼丸様は、あんたが生まれ代わってくるのをずーっと待っていたのよ? 信じられる?」

「……私が生まれ代わる?」

「あら、覚えてないのね。あんたの前世は、黒鬼丸様を封印した姫巫女なのよ」

「え――?」


 ふふふ、と愉快そうに笑いながら紡がれた言葉に、一瞬混乱してしまう。


「私が、姫巫女様の生まれ変わり……?」

「そう。黒鬼丸様が言っていたから、間違いないわ」

「……そんな」


 そんなの、初めて聞いた。

 銀夜はなにも言っていなかったけど、知っているのだろうか?


「ねぇ、あんたから言ってくれない? たとえ黒鬼丸様のものになっても、私のことも愛してあげてって」


 唐突すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 宗ちゃんが生きていてくれて、やっと会えて……。


 私は今、そのことでいっぱいいっぱいだったのに。


 愛琉のことだって心配だし、この女をどうやって倒してやろうかってことだけを考えたいのに。


 私が姫巫女様の生まれ変わりで、鬼のものになってもこの女を愛してやれって?


 冗談じゃないわ。


「……ならない」

「え? なに? 聞こえないわよ」

「私は、鬼のものになんかならない! あなたを倒して、銀夜のところに帰るんだから!!」


 自分勝手なことばかり言ってるこの人に、段々イライラしてきた。

 この人だけじゃない。あやかしは一途なのか知らないけど、みんな自分勝手だ。


 私にも気持ちがあるのに……!!


「は……? なによあんた、自分の立場わかってる? 今ここで殺したっていいんだからね!!」

「……っ!」

「椛……!」


 女は自分の髪から(かんざし)を抜くと、私の太ももに突き刺した。

 ズキリと感じる痛みに小さく悲鳴がこぼれるけど、私は屈しない。


「あなたに私は殺せないでしょう? だってそんなことをしたら、黒鬼丸様(・・・・)に怒られるんだから」

「……っ生意気な」


 この女に私は殺せない。

 そう思って挑発するようなことを言った私に、女はギリ、と歯を食いしばり、真っ赤な目を光らせた。


「うわっ!?」

「宗ちゃん!」


 そして女が手を伸ばしたのは私ではなく、宗ちゃんだった。


 白い糸により、宗ちゃんの身体が宙に浮く。


「確かにあんたのことは殺せなくても、この小僧は殺せるのよ。あんたを捕まえたら、どうせこいつは用なしだから。私が喰ってやる!」

「う……っ」

「宗ちゃん!!」


 再び糸でぐるぐると身体を締めつけられた宗ちゃんは、苦痛に顔を歪ませる。


「ようやく自分の立場がわかったかしら?」

「……っ」


 やっぱりこの女は人間じゃない。

 せっかく宗ちゃんを見つけたのに……、殺されてしまうかもしれない。


 ……私だって、とても怖い。

 でも――。


「……絶対負けない」

「なに? だから、聞こえないんだよ、ぼそぼそしゃべるな!」

「あなたたちのようなあやかしに、私は絶対負けない!!」


 感情が高まって、頭も胸の奥も熱くなった。

 身動きは取れないけど、それでも私は女を鋭く睨んだ。


「はっ、強がってるけど、震えているじゃない? ふふ、可愛い。やっぱりあんたも私が喰べちゃおうかしら。足の一本くらいなら、死にはしないでしょう?」


 それでも、私はこの女の糸のせいで手も足も出ない。

 その状態を見て、女は可笑しそうに笑うと、舌なめずりをした。


 私が本当に姫巫女様の生まれ代わりなら、平気で人を傷つけるようなこんなあやかしには、絶対に負けない――!!


「宗ちゃんを返して!!」


 感情のまま叫んだ瞬間、内に秘められていた力が爆発するような感覚が身体を包んだ。


 直後、ぱぁっ――と、目の前を淡い光で覆われ、私に巻き付いていた糸が溶けていく。


 感情は高まっているけれど、同時にとても落ち着いている。

 私の心は力強さと勇気で満たされ、先ほどまで感じていた恐怖が一瞬で消えていた。


「な、なによ、この光は……!?」


 これは以前、鬼を前にしたときと同じ光だ。

 勾玉から発せられている。


 ……いや、以前よりも大きく、強く私の身体全体を包み込んでいる。


 力が込み上げてくるのがわかる。

 私は女郎蜘蛛(このあやかし)よりも強い。


 そう確信した。


「ち、近づくな!! それ以上近づいたらこの小僧を殺す……!」

「させない」


 手に意識を集中させ、勾玉から発せられている光を前に飛ばすようなイメージで、宗ちゃんに手を伸ばした。


 私を覆っていた赤い光は、私の意思で宗ちゃんに向かって伸びていく。


 女は慌てたように私に向かって糸を飛ばしてきたけれど、私には届かない。

 光に触れると、溶けるように消えてしまう。


 そして、女がなにもできずにいる間に、その光は宗ちゃんに巻き付いていた糸も溶かしていった。


「おのれ……!! 憎き姫巫女め!!」


 糸から解放された宗ちゃんの身体はどさりと床に落ちたけど、あの高さならきっと大丈夫。

 それより今は、この女をなんとかしなければ――。


「邪悪なるものよ、我が巫女の神聖なる力を前に消え去れ。光の加護により永遠の闇へと還れ――!」

「――!!」


 私の口から、すっと言葉が出てきた。

 それは、まるで私に別の誰かが乗り移ったかのような感覚だった。


「ギャァァァアアア――! 黒鬼丸様、黒鬼丸様ぁ――……ッ!!」


 私から放たれた光を受けて、女郎蜘蛛はその名を叫びながらぼろぼろと崩れるように朽ちていった。


 その場には、私の血が付いた簪だけが残された。


 女郎蜘蛛は姫巫女の聖なる光に包まれ、浄化されたのだ。



「……椛」

「宗ちゃん、大丈夫!?」

「うん……、椛も、血が……!」

「大丈夫。これくらい、すぐに治せるわ」

「そうなんだ……。椛は、姫巫女様の生まれ代わりなの……?」

「……そうみたい」


 宗ちゃんも、幼い頃からずっと姫巫女様と山神様の言い伝えを聞いてきた。


 だけど、まさか私が姫巫女様の生まれ代わりだなんて、同じように驚いている様子。


「とにかく、銀夜の……山犬の屋敷に帰ろう」


 その後、小屋を出て歩いていた私たちのもとに、ものすごい速さで銀夜がやってきた。

 きっと山犬(あの子)と愛琉が知らせてくれたのね。


 銀夜は宗ちゃんを見て、彼が誰なのかすぐに察したようだった。


 それでもその場ではなにも言わず、とにかく今は屋敷に帰るのが先だと思ったようで、彼は犬の姿になると私と宗ちゃんをまとめて運んでくれたけど……。


 私は、銀夜に会えた安心からか、一気に気が抜けてそのまま気を失ってしまった。




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