03.幼馴染と妹
「えー? 今日も野菜ばっかり……」
「ごめんね、愛琉好みの食事を出せなくて」
「昨日も肉がなかったのに」
祖母の家に着いた翌朝。
食卓に並べられた山菜や野菜中心の朝食を見て、愛琉が盛大に溜め息をついた。
「すごく美味しそうだよ、おばあちゃん。愛琉、この野菜も魚も採れたてでとても美味しいのよ? いつも食べているものとは違うから、食べてみて」
「魚って骨があって食べにくいから嫌い」
「……もう、我儘言わないで」
「我儘じゃないもん」
はぁー、と大きく溜め息をついてから、〝いただきます〟も言わずに愛琉はずずっとお味噌汁を啜った。
色んな種類のきのこが入っていて、すごく美味しいのに。
愛琉は「私、しいたけ嫌い」と言ってすべてのきのこを残した。
「ごめんね、おばあちゃん。せっかく作ってくれたのに」
「いいのよ。食べたくないなら食べなくて。――でもねぇ、愛琉」
「なに?」
食事を終えて箸を置き、改めて声をかけると、祖母は真剣な声色で愛琉に言った。
「昔は食べたくても食べられない時代があったのよ。今でもそういう子がいるわ」
「はいはい、年寄りの昔話はいいってば」
「それに、すべての食材にきちんと感謝しなければ、山神様の怒りを買うわよ」
「はぁ? 山神様?」
私も小さい頃に何度も聞いたその話に、愛琉は鬱陶しそうに顔をしかめた。
「そう。山神様はとても優しい方よ。でも、ものを粗末にすると鬼の封印が解けてしまうわ。だからこの地に住む者は昔から、山の恵みに感謝して、ものを大切に扱うよう言いつけられているのよ」
「鬼って……、なにそれ怖っ。そんなの迷信でしょう? それに私、この村の人間じゃないし!」
この地には、古くから言い伝えがある。
――その昔、この地には〝あやかし〟と呼ばれる人ならざる者が暮らしていた。
中には人を喰らう恐ろしい鬼がいて、その鬼を姫巫女様と山神様が、力を合わせて山の祠に封印した。
二人は愛し合っていたけれど、鬼を封じる際に山神様があやかしの世界へ行ってしまい、二人は離ればなれになってしまった。
それでも人間の世界に残った姫巫女様の子孫が、今でもあやかしの世界と人間の世界が繫がらないよう、守っている――。
お伽噺のように語られているこの話を、私は幼い頃に何度も祖母や母から聞かされていた。
「とにかく、ここにいる間は気をつけて――」
『おはようございまーす!』
「あっ! 宗太君だ!」
祖母がまだ話している最中だったのに。
愛琉は玄関のほうから聞こえた宗ちゃんの声を聞くと、声色を変えて立ち上がった。
「宗太君、おっはよ~! ねぇ聞いてよ、おばあちゃんったら、怖いこと言うんだから――!」
甘い声でそう言いながら、ばたばたと走っていった愛琉の背中を見送って、溜め息を一つ。
「おばあちゃん、本当にごめんね」
「いいのよ。……それより椛、あなたにこれを」
「え?」
二人きりになった室内で、祖母はポケットから何かを取り出すと私の手にそれを強く握らせた。
「これは……?」
とても綺麗な勾玉のペンダント。色は赤……ううん、角度によっては白っぽくも見える、不思議な魅力がある勾玉。
「これはこの家に代々伝わっている姫巫女様のお守りよ。あなたを守ってくれるから、持って行きなさい」
「……姫巫女様のお守り?」
どうしてそんなものがうちにあるの?
そう聞こうとしたけれど。
「ねぇお姉ちゃん、まだ? 宗太君待ってるんだから、早くしてよ!」
「あ……っ、ちょっと待って」
今日は宗ちゃんと一緒に、子供の頃よく遊んだ裏山に行く約束をしている。
「お姉ちゃん早く!」
「うん……今行く」
少し迷ったけれど、時間はまだある。
帰ってきたら聞いてみよう。
そう思いながら、「早くして」と急かしてくる愛琉に頷き、急いで出かける支度を済ませた。
*
「見て、宗ちゃん。この花すごく可愛いわ」
「本当だ、あまり見ない花だね」
「きゃー! 虫! 虫がいる~! 宗太君助けて~!」
子供の頃よく遊んだ裏山。
木の実を採って食べたり、川で水遊びをしたり、こうして花を愛でたり。
でも愛琉は、先ほどから虫に怯えてそれどころではなさそう。
「ねぇ、もう帰ろうよ! 虫もいるし疲れたし、全然楽しくない……」
「え? 今来たばかりなのに?」
「私、宗太君の家に行きたい! そのほうが絶対楽しいよ!」
「え、でも……」
愛琉に腕を掴まれて、宗ちゃんは困惑の表情を見せた。
愛琉は派手な髪色と服装を好み、いつもしっかりと化粧をしていて、学校でも目立つ存在。
一方、宗ちゃんは髪を染めたこともないし、優しく控えめな性格をした普通の男の子。
タイプが違うのに、愛琉はいつも宗ちゃんにくっついている。
宗ちゃんのことが好きなのかな……?
「ねぇ、いいでしょう? 私、宗太君のお部屋見てみたい!」
「それは……」
「愛琉、宗ちゃんにまで無理を言わないで」
「なによ、また説教!? 私は宗太君と話してるんだから、お姉ちゃんは黙っててよ!」
「愛琉ちゃん……僕はもう少し山で過ごしたいな。昔、椛と二人でよく遊んだ、思い出の山なんだ」
愛琉の手を解いて、宗ちゃんは困ったような笑顔を浮べながら言った。
「なによ……、じゃあもういい!! 私先に帰る!!」
「あ……! 愛琉ちゃん、一人で帰ったら危ないよ! 道もわからないだろう?」
「いいもん、大丈夫だもん! ついてこないで!!」
「愛琉……」
ぷんぷんと不機嫌そうに、愛琉は山を下りていった。
あの子は自分の思い通りにならないと、すぐに拗ねてしまう。
「……行こう、椛。きっと家に帰って、ゆっくりしたいんじゃないかな」
「そうね……」
来た道を戻るだけなら簡単だから、きっと迷わないはず。
そう思って、私たちはもう少しこの山で遊んでいくことにした。
でもまさか、あんなことになるなんて。
このときはまだ、この後起きる事態を、まったく想像もしていなかった――。