29.告白
愛琉と合流してからの数日間、私たち姉妹は同じ部屋で眠った。
この屋敷には空き部屋がたくさんあるから、愛琉にも一人部屋が与えられていたけど、彼女は夜中になると泣きそうな顔でやってきた。
素直じゃないけど、怖い思いをして、不安だったんだと思う。
それも当然だと思い、私は朝になるまで彼女と一緒にいてあげた。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「……ごめんね」
そして、愛琉が来て七日目の夜。
私に背中を向けたまま、消えそうなほど小さな声でそう呟いた彼女の肩が小刻みに震えていることに気づいて、私はそっと愛琉を後ろから抱きしめた。
「大丈夫。宗ちゃんのことを助けたら、きっと帰れるから」
「……うん、」
愛琉は泣いていた。
ぽろぽろぽろぽろ、静かに涙を流して。
姉妹らしい関係は築いてこられなかったけど、すごく小さい頃――、まだ愛琉も母と祖母と一緒に暮らしていた頃は、とても可愛い妹だった。
私も幼かったけど、妹ができてすごく嬉しいと思った記憶はある。
「お姉ちゃんらしいことをしてあげられなくて、ごめんね」
「……ううんっ」
その日は、まるで幼い頃に戻ったみたいに、泣いている愛琉を優しく抱きしめて眠りに落ちた。
その翌日から、愛琉が夜中に私の部屋を訪れることはなくなった。
日中顔を合わせると、いつも通り強気な愛琉だけど。
食卓に上がるきのこや山菜も、文句を言わずに食べるようになったのが、彼女の中でのちょっとした成長。
「――ふーん。おまえも大変だったんだな」
「そうでもないけどね」
その日の夜。
久しぶりに縁側で銀夜を見つけた私は、隣に座って少し話をすることにした。
もしかしたら銀夜は、私を待っていたんだったりして?
向こうの世界にいた頃の愛琉との話をすると、銀夜はそう言って唸ったけど。
玲生さんから銀夜の仲間や家族の話を聞いている私は、彼の気持ちを考えて胸が苦しくなった。
「……おまえは、今でも人間の世界に帰りたいと思っているか?」
「え……」
ふと問われた質問に、私の鼓動がドキリと跳ねる。
「それは……。向こうには、おばあちゃんもいるし……愛琉だって、宗ちゃんだって、きっと帰りたいと思うし……」
「そうか。そうだよな」
「……」
私の返事を聞いて、銀夜は切なげに目を細め、月を見上げた。
この山から見える月も星も、とても綺麗。
銀夜が夜中によくこうして空を見ているのがわかる。
天気がいい日は、まるで天然のプラネタリウムのよう。
「とにかく、今は宗ちゃんが生きているかもしれないってわかって、本当に嬉しい」
なんだか気まずい雰囲気を感じた私は、努めて明るくそう言ってみた。
「だが、生きていたとしても黒鬼丸に囚われているんだ」
「……」
「どっちみち、あの鬼を封印しなければその男も助けられない」
「そうだよね……」
けれど、銀夜からは現実的な返し。
わかってる。宗ちゃんが生きているかもしれないということは本当によかったけど、鬼を封印しなければいけないことには変わらない。
「宗ちゃん、ひどい目に遭っていないかな……」
「とりあえず血の匂いはしなかったぞ」
「そっか……」
それじゃあ、傷つけられたりはしていないかもしれない。
でも、ちゃんとご飯食べられてるかな?
「早く宗ちゃんを助けに行かなくちゃ……。そのためにも、私が姫巫女の力を覚醒させる必要があるよね」
「ああ」
一度は力が発動したけれど、それ以来同じようにやってみようとしてみても、なかなかうまくできていない。
あのとき、どうやって力を使ったのかは自分でもよくわからない。
とにかく銀夜が危ないと思って、必死だった。
以前は姫巫女様と山神様が一緒に鬼を封印したというけれど、銀夜が山神様になるには、私と結ばれなければならない。
結ばれるなんてそう簡単なことではないと思うし、今はまだ鬼の力が完全に復活していないから、私だけで鬼を封印することができればいいのに。
とにかく、姫巫女の力を覚醒させることが何より急がれる――。
「好きなのか? そいつのこと」
「えっ……、う、うん」
「……そうか」
そんなことを考えていたら、突然そう質問をされて思わず反射的に頷いてしまった。
けれど、銀夜は私の返事を聞いて耳としっぽをしゅんと下げ、わかりやすく落ち込んだ。
……?
なに、その悲しそうな表情は。
「あっ! 好きって、別にそういう意味じゃなくて、大切な幼馴染だからって意味で――」
きっと勘違いしてるんだ。
そう思って慌てて付け足してみたけれど、銀夜はまっすぐに私を見つめると、ふと口を開いた。
「俺は椛が好きだ」
「……え?」
「俺は、姫巫女の血を継いでいるからとか、そういうことを抜きにしても、おまえのことが好きだ」
「……銀夜」
とても真剣な表情に、胸が高鳴る。
けれど突然すぎる告白に、私は動揺してしまう。
「おまえは、俺のことをどう思ってる?」
「そ、それは……」
ずるいよ。そんな聞き方。
私のことを好きって言ってすぐ、聞いてくるなんて。
「私も好き」って答えなきゃいけない流れじゃない……それに、宗ちゃんのことは好きって言ったばかりだよ?
でも、それと同じ意味で好きなんて、きっと通用しないでしょう?
「どうなんだよ」
「……だから、それは」
なんと答えたらいいのかわからずにいる私に、銀夜はずいっと迫ってくる。
自分でもびっくりするくらい胸がドキドキして、銀夜と目を合わせていられなくなった私は、逃げるように逸らしてしまった。
「なぜ目を逸らす」
「だって、銀夜近いんだもん――!」
そしたら銀夜は余計顔を寄せてきた。
本当に、いつも距離感バグってるんじゃない!? って思うくらい、銀夜は近い!!
「もう! 離れてよ……!!」
いつもみたいに押し退けようとしたのに、先に銀夜に手首を掴まれて、そのまま私は彼の胸の中に抱きしめられてしまった。
きっといつもは、わざと押し退けられていたんだ。
銀夜が本気を出したら、私なんかが敵うはずはない。
「……っ」
「逃げるな、椛」
耳の近くで甘く囁かれて、ぞくりとしたものが身体を巡っていく。
逃げてなんて――!
……本当にそう?
銀夜に抱きしめられて、私はこんなに動揺しているのに、全然嫌じゃない。
むしろ、銀夜にはっきり「好き」って言われて、すごく嬉しい。
銀夜は私が姫巫女様の血を受け継いでいるから、結ばれようとしているだけだと思ってた。
だから、それを抜きにしても好きだなんて、そんな嬉しいことはない。
銀夜が嘘をつけない性格だって、よく知ってる。
「……」
その温もりも、銀夜の香りも、声も、私は大好き――。
本当は、銀夜にはいつもドキドキしっぱなし。
だからつい、私も銀夜の背中に手を回しそうになった。
あたたかい銀夜を、私も抱き返したいと思った。
……でも、私と銀夜は住む世界が違う。
過去の姫巫女様と山神様だって、愛し合っていたのに離ればなれになってしまっている。
私も、人間の世界に帰ったら……もう銀夜には会えなくなってしまう。
それは嫌。
「……」
私は怖いんだ。
私は、銀夜を愛していると認めて、彼と会えなくなってしまうのが、すごく怖い。
「……っ」
「椛? ……! わ、悪い、泣くほど嫌だったのか……!」
それを考えただけで、私の瞳からは涙が溢れた。
けれどその涙の意味を勘違いした銀夜は、慌てて私を抱きしめていた手を離してしまった。
「ちがう……違うの。でも、今はまだ……」
「……わかったから、泣くな」
涙を拭って首を横に振ったら、なにかを察してくれたのか、銀夜はもう一度私を抱きしめて、〝どろん〟と犬の姿に変身した。
「銀夜……」
「……」
そして、泣いている私の頰をぺろりと舐めて涙をすくい取り、もふもふの身を寄せてくれた。
「……ふふ、あったかい」
そんなわんこ銀夜に、今度こそ私はぎゅっと抱きついた。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます!
これまでとは毛色の違う作品ですが、お読みいただけて嬉しいです!( ; ; )
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和風ファンタジーあやかしもの、個人的には書いててとても楽しいですが、なろうでは読んでもらうのがちょっと難しいジャンルかもしれません。
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