23.記憶の夢※銀夜視点
夢を見た。
とても古い記憶の夢。
それはまだ、あやかしが人間の世界を自由に行き来していた頃。
のどかな山の中で、巫女服を着た女と俺が寄り添い合っている夢。
夢の中の俺は、とても幸せを感じていた。
女も笑っているのがわかるが、顔はよく見えない。
もやがかかったように、はっきり見えないんだ。
だが、突然場面が変わったかと思ったら、俺たちは離ればなれになっていた。
その女を愛しいと思いながらも、俺は女の手を自ら手放したのだ。
〝ぎん――! 来世でまた、必ずあなたと――!〟
女は俺の名前のようなものを叫びながら、涙を流してどこかに消えていった。
違うというのはわかっているが、その女は椛のような気がした――。
「……もみじ――っ!」
はっとして目を覚ましたら、俺は天井に向かって手を伸ばし、涙を流していた。
「……今の、は」
前世の記憶――?
「そうだ……、思い出した」
俺の前世は、鬼を封印した山犬の当主で、後に山神となった〝ぎん〟だった。
そして、一緒に鬼を封印した姫巫女は――。
「……もみじ」
横を向くと、隣でその女が眠っていた。
同じ部屋で寝るのは嫌だと、あれほど言っていたのに。
「……」
天井に伸ばしていた、震える手を見つめる。
あちらの世界を守るために、俺は愛する女の手を、自ら手放した。
「三百年以上経って、ようやく会えたんだな」
「……」
「……風邪引くぞ」
俺の布団の隣で、身体に何もかけず、ただ俺の手を強く握りながら静かに眠っている椛に、そっと布団をかけてやろうとしたとき。
「……銀夜?」
「ああ、起きたか」
「銀夜……っ! 起きたの!? 大丈夫!?」
目を覚ました椛は勢いよく身体を起こすと、布団の上に座っていた俺にずいっと顔を寄せてきた。
「……俺は大丈夫だ。なぜそんなに泣きそうな顔をしているんだ」
「だって……銀夜、すごくうなされてて、熱もあって……!」
そう言いながら俺の額に手を当てる椛。
「よかった……下がったみたい。肩の傷はどう? 痛む?」
「まだ少し痛むが、すぐ治りそうだ」
「本当に? すごい出血だったんだよ?」
「ああ……だが、おまえのおかげで助かった」
「え?」
椛の血を舐めたから。
それもあるが、きっと一晩中祈ってくれていたんだろう。
「やっぱり椛は姫巫女だな。おかげで気分もすっかりいい」
「……本当?」
まだ心配そうな顔をしている椛だが、自分だって首を怪我していたんだ。
玲生が手当てしたのか、包帯が巻かれている。
「……! 銀夜!?」
「……」
そんな椛の首元に顔を寄せ、くんと匂いを嗅ぐ。
やっぱり、ほのかに玲生の匂いが残っているが、それ以上に感じる椛の香りに、心が癒やされていく。
「俺は椛の匂いが好きだ」
「…………っえ!?」
くんくんと、その場で何度も椛の香りを楽しみながら、包帯を解いていく。
「椛の傷はすっかり治っているな」
「……本当?」
「ああ、よかったな」
「うん……っ、ひゃ!?」
最後に、そこをぺろりとひと舐めすると、椛は大袈裟に声を上げた。
「な、なにするのよ、いきなり……!!」
「いいだろう、別に」
「よくないよ……! 私は人なんだから、いきなり舐めないでよ……!」
本当に銀夜はわんこね! とか言いながら、顔を真っ赤にして怒っているふりをする椛だか、嫌そうには見えない。
「……まぁ、元気になったなら、よかったけど」
「とりあえず腹が減った」
やっぱり少し血が足りないようで、立ち上がるとふらついた。
そんな俺を椛はまた心配そうに支えて、「ご飯にしよっか」と、笑った。
*
「玲生、ちょっといいか」
翌日、椛の目を盗んで玲生だけを部屋に呼んだ俺は、黒鬼丸が来たときから気になっていることを打ち明けることにした。
「もしかしたら、椛の友人は生きているかもしれない」
「……本当か?」
「黒鬼丸と対峙したとき、微かに人間の男の匂いがした。あいつが喰ったのかとも思ったが、血の匂いじゃなかった」
「それじゃあ、椛さんの友人は黒鬼丸と一緒にいるということか?」
「その可能性はある。だがまだそいつだと確信したわけではない。だから椛にはまだ言っていない」
「……そうか、わかった」
もし生きているのなら、なぜ生かしておくのか。
人間を喰らえば自身の力になるだろうに。
その理由はわからないが、生きているとわかれば椛はすぐにでも助けに向かうと言い出すだろう。
だからこそ、ここは慎重にならなければいけないんだ。