02.おばあちゃんの田舎
「椛、おまえは俺の花嫁だ」
「は……、花嫁?」
「そう、花嫁」
「……」
突然、知らない世界に飛ばされたと思ったら。
知らない男の人から、突然のプロポーズ。
……いや、これはプロポーズなんていう、ロマンチックなものではない。
強制的に言い切った彼の自信たっぷりの表情に、私はすぐに言葉を返せない。
もう、わけのわからないことが起きすぎて、私の頭の中は混乱しているというのに。
白銀色に輝く美しい髪を風に揺らしながら、透き通った宝石みたいな青い瞳をまっすぐ私に向けて。
彼は一言、はっきりとそう告げた。
とても自信に満ちた表情で、満足げに。
私には意味がわからなかったけど、彼は己を信じてまっすぐ前を見ていた。
だから不安でいっぱいだったこのときの私は、そのあまりにも堂々とした姿に、彼を頼もしいとすら感じてしまったのだ。
人間離れしたその顔が本当に美しくて。
もしかしてこの人は神様なんじゃないかって、馬鹿なことを一瞬考えた。
だけどこの人についていけば大丈夫と――、彼は私にそう思わせてくれた。
きっと私は、このときの銀夜のことを、この先も一生忘れることはない――。
――話は、二日前に遡る。
「ねぇお姉ちゃん。まだ着かないの? 私もう歩けないんだけど」
「もう少しよ、頑張って」
「これだから田舎って嫌なのよ」
「……」
だったらついてこなければよかったでしょう?
先ほどから不満ばかりこぼしている妹に、その言葉を呑み込んで。
私は内心で溜め息をつきながら、のどかで平和な、懐かしいこの道を歩いた。
高校を卒業したばかりの春休み。
この休みを利用して、私は同い年の幼馴染である宗ちゃん――秋守宗太と、一つ年下の妹、神崎愛琉とともに、祖母の家に遊びに行くことになった。
私は小学生の頃まで、母と祖母と、この田舎に住んでいた。
父は都会で働いていて、両親はずっと別居していた。
愛琉はそんな父と一緒に都会で暮らしていたのだけど、六年前に母が亡くなってから、私もこの田舎を離れ、都会にいる父と暮らすようになった。
けれど数年ぶりに一緒に暮らすようになった愛琉は、とても我儘に育っていたのだ。
「ねぇ、本当に疲れた。足も痛いし、もう歩けない!」
「愛琉ちゃん、僕が荷物を持ってあげるから、もう少し頑張って」
「本当? 宗太君ありがとう~!」
宗ちゃんは本当に優しい。
しゃがみ込んでしまった愛琉に宗ちゃんが声をかけると、愛琉はぱぁっと笑って大きなトランクを彼に押し付けた。
……一体、そんなにたくさん何を持ってきたのかしら?
宗ちゃんも中学を卒業するまではこの村に住んでいて、高校から私と同じ都会の学校に進学した。
この田舎には山と川くらいしかないし、「愛琉は来ても楽しくないと思うよ」と言ったのに、一緒に行くと言って聞かなかったのは彼女だ。
今回は、祖母から〝どうしても会いたい〟という趣旨の手紙をもらったから、里帰りする宗ちゃんと一緒にこの村に来ることにしたのだった。