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19.鬼のあやかし

※流血表現有り

「玲生さんたち、遅いね」

「里帰りか何かだろう。まぁ、そのうち帰ってくるって」

「うん」


 結局魚が焼けても玲生さんと黄太君は帰って来なかったから、私は銀夜と二人で先に夕食をとった。


 片付けも終わらせて、お風呂を沸かそうかと話していたとき。


「――!」

「どうしたの?」


 突然、銀夜の耳がピクリと動いたと思ったら、険しい表情を見せた彼はものすごい速さで居間を出た。


「銀夜?」

「椛、おまえは絶対外に出てくるな!!」

「……え?」


 銀夜のあまりの剣幕に、ただ事ではない何かがあったのだと悟る。


 言われた通りおとなしく部屋の中にいようと思ったけれど、何があったのか気になった私は、黙っていることなんてできずにそっと外の様子を窺った。


「!」


 そこには、一人の男がいた。

 この屋敷は山の奥に建てられているけれど、敷地はとても広い。

 庭だってどこぞのお金持ちかと思うほどに広いのだけど、勝手に塀を飛び越えて入ってきたのか、その庭で銀夜は静かに男と対峙していた。


 黒に銀色のメッシュが入ったような髪に、黒、金、銀の派手な着物を着た大きな男。

 男の腰には刀が差してある。


「一体なんの用だ」

「女がいるだろ? 人間の女が」


 無防備に見えるけど、隙がない。

 そんな男の口角がにやりと持ち上がり、声を発したその瞬間。

 まるで背中に氷を押し付けられたのかと思うほど、ぞくぞくとした寒気が全身に広がった。


 この世の者とは思えないほど恐ろしい雰囲気。

 目を見るだけで殺されるような気がした。

 私にでもわかる。


 たぶんこの男、鬼だ――。


「……だったらなんだ」

「ここに置いているのには、理由があるんだろう? 俺がそれに気づかないとでも?」

「ここが俺の縄張りだと、わかっていて来たんだろうな」

「あぁ……その薄汚い犬小屋、まだあったんだな」

「なんだと!?」


 男に挑発され、銀夜と山犬たちは低い唸り声を上げながら身構えた。


「犬ころ共は俺が殺したというのに、まだ力の差をわかっていないのか。面倒な狐は留守にしているようだし、貴様は頭が足りないから、仕方ないか」

「てめぇ……!!」


 犬を殺した……?


 その言葉に、嫌な汗が背中を伝う。

 この屋敷はとても広くて、私は女物の着物を借りているのに女性は一人もいない。


 銀夜が鬼の封印を急いでいたのって、もしかして――。


「とにかく、椛は渡さない」

「ほう、もみじ……椛というのか。ふはは……っ、愉快だな」


 何が面白いんだろう。私の名前を聞いて、男は意味深に笑った。


「とにかく、あの女を先に見つけたのは我々だ。貴様が勝手に連れていったがな。だから渡してもらうぞ」

「誰が渡すか!!」

「では力ずくで奪うまでだ」


 男がそう言った直後、何かを察知したように山犬たちが男に飛びかかった。

 身体は山犬のほうが大きい。山犬は鋭い牙も爪も持っている。


 それなのに、山犬たちは男に触れる前に、何か(・・)によって弾き飛ばされた。


「きゃん!」

「おまえら! ――!」


 銀夜が山犬たちに気を取られた一瞬を狙って、男は銀夜目がけて手を振り上げる。


「逃げ足が速いだけの負け犬が、この俺に敵うと思っているのか?」

「ぐぁぁあ――っ!!」

「!」


 余裕を感じる声でそう告げると、男は銀夜の左肩を引き裂いた。

 武器も使っていなければ、鋭い爪が生えているようにも見えないのに。


「山犬は目障りだが……貴様ごときには、本気を出す気にもならんな」

「……っ」


 男は顔色一つ変えずに倒れた銀夜の上に跨がると、胸倉を掴んで再び手を振り上げた。


「やめて!!」


 銀夜が殺される――!


 そう思ったときには、咄嗟に飛び出し夢中で叫んでいた。


 銀夜が殺されるなんて、そんなの絶対に嫌。


 その一心で駆け出した私は男のもとまで行き、無我夢中で振り上げられていたその腕に飛びついた。


「なんだ?」

「……っ!」


 すべての力を込めて押さえたつもりだけど、男の右腕一本にあっさりと振り払われた私は、後ろに飛ばされて地面に倒れ込んだ。


「椛!」


 直後、首元に感じるピリ、とした痛み。

 そこに手を当てると、じんわりと血が滲んでいるのがわかった。

 深くは切れていないと思うけど、男の手が擦っただけで切れるなんて。


「なるほど、この女が椛か」

「……っ」

「自ら出てきてくれるとは」

「椛、逃げろ……!!」


 男が銀夜から手を離し、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。


 怖い……。

 まるでこの世の者とは思えない、その圧倒的な存在感。

 これでまだ完全に力が戻ったわけではないというの?


 銀夜に言われたように、逃げたい。


 でも……私が逃げたせいで、宗ちゃんは――。


 宗ちゃんは囮になって私を逃がしてくれた。

 また同じように逃げてもいいの?

 助けてくれた銀夜を置いて、逃げていいの?


 ……そんなの、嫌に決まってる。


「銀夜を、これ以上傷つけないで」

「……」

「椛、おまえは出てくるなと言っただろう……!」


 男の後ろで、銀夜が身体を起こしてこっちに来ようとしているのがわかる。

 でも銀夜の肩からは止めどなく血が流れている。

 動いちゃ駄目だよ、銀夜。


 私は必死で男を睨みつけたけど、恐怖で立ち上がることもできずにいる。


 それでも震える足をなんとか動かして後退っていた私に追い付くと、男はにやりと口角を上げて手を伸ばしてきた。


 殺される――。


「ああ……やっと会えた。ずっとおまえを待っていた」

「……え?」


 そう思ったのに。

 伸ばした手で腕を掴むと、男は私をひょいと立ち上がらせてその胸に抱きしめた。


 殺されるのだと覚悟していた私は、恐怖と混乱で一瞬思考が停止する。


「今度こそおまえは俺のものだ」

「……?」


 この人は、何を言っているの?


 銀夜にも近いことを言われたけれど、何かが違う。

 銀夜の言葉にも愛を感じたわけではなかったけど……この人の言葉からは、とても独りよがりな想いを感じる。


「椛に触るな――!!」

「……っ!」


 硬直してしまっていた私だけど、銀夜は刀を抜いて叫ぶと、ものすごい速さで男に斬りかかった。


 男は紙一重でそれを交わし、その拍子に私からも手を離した。


「椛!!」

「銀夜……!」

「渡すものか――」


 銀夜のことを強く想って名前を呼んだ瞬間。

 胸の辺りが熱くなったかと思ったら、そこから赤い光が溢れ出した。



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