18.心を結ぶため?
「椛。今夜から同じ部屋で寝るぞ」
「……はい?」
朝食の片付けを終えた頃。
何か言いたげに私を見つめている銀夜の視線に気づいて首を傾げたら、彼は唐突に言った。
この人はまた……いきなり何を言い出すのかと思えば。
「どうして? 私にもちゃんと部屋があるけど」
「絆を深めるためだ。そうすれば心を結べるかもしれない」
「……」
心を結ぶ。なるほど。
……でも本当にそれが目的?
そんなことを言いながら、本当は心より先に身体を結ぼうとしているわけじゃないでしょうね?
「なんだ、その顔は。嫌だって言うのか?」
「うん。やだ」
「……!? な、なぜだ……!」
「なぜって……。そんなの嫌に決まってるでしょう? 結婚したわけじゃないんだし。それに銀夜、変なことしてきそうだもん」
「しない! だいたい、この間縁側で一緒に寝ただろう! 俺はおまえの嫌がることをしたか!?」
「されてないけど……でも、別に必要ないでしょう?」
「いや、俺はあれからおまえのことが少し気になるようになってきた。だから繰り返したいが、縁側で寝たらおまえが風邪を引くだろう? 人間は弱いから」
「…………」
表情を変えずに、なんでもないことのように、さらりと告げられたけど。
銀夜は今、〝私のことが気になる〟って言った?
それってどういう意味……?
あまりにも正直な言葉にちょっと動揺してしまったけれど、別に〝好き〟って言ったわけではないよね。
「とにかく、一緒には寝ない」
「それだと、俺と玲生とで差がない」
「……差? なんの差?」
「おまえは俺の花嫁にするんだ。あやかしは一途な種族だ。こいつと決めた相手だけを一生一途に想い続け、添い遂げる。俺はそれをおまえに決めた」
「……」
「だからおまえの気持ちが玲生に向かないように、俺の近くにいさせる」
「…………」
ものすごく堂々とした、独占欲なのね。
銀夜があまりにも堂々としているから、何も言い返せなかった。
今は人の姿をしているのに、銀夜が犬に見えた。ふんふん言って、ふんぞり返っている犬に。
だからこの間も、玲生さんに焼きもちを焼いているような態度を取っていたのね。
「別に私は、玲生さんのことを好きなったりしないよ?」
「いいや、わからないだろ? 人間は心変わりする生き物だからな」
「ちょ、ちょっと、近い……!」
ずいっと顔を寄せてきた銀夜にドキっとして、つい思い切り押し返してしまった。
「……痛っ」
「そんなに近づく必要ないでしょう! それに、心変わりも何も、私はまだあなたの花嫁になるって決めたわけでもないから……!」
「じゃあ、玲生の花嫁になる気か?」
「だから、そうじゃなくて……!!」
あやかしの恋愛観って、どうなってるの?
そもそも、銀夜だって私を花嫁にすると決めたからって、私のことが好きなわけではないよね?
……そうよ。私に姫巫女の血が流れているから。
だから花嫁にするだけ。
あやかしは、浮気はしなくても、愛がなくても結婚できる種族ってことかしら。
「……私、洗濯してくる」
「おい、椛――!」
銀夜がまだごちゃごちゃ言っていたけど、やっぱり嫌だよ。同じ部屋で寝るなんて。
この間縁側で寝ちゃったのは、事故だから。
銀夜はあれで、見た目だけはいいから近くにいるとやっぱりドキドキしちゃう。
二人きりの室内で寝られる気がしない。
*
「――おかえり、銀夜」
「玲生はまだ戻ってないのか?」
「うん」
日が暮れてきた頃、晩ご飯の食材を調達に行っていた銀夜が帰ってきた。
私が洗濯物を干しているうちに、玲生さんと黄太君もどこかに出かけていったけど、二人はまだ戻ってきていない。
行き先は特に聞いていないけど、この時間になっても帰って来ないのは珍しい。
「今日は鮎が捕れたぞ」
「ありがとう。夕食の用意も、もうほとんどできてるんだけど……」
「じゃあ俺たちだけで先に食ってるか」
「うん……」
腹減った。と言いながら、銀夜は鮎を次々七輪に並べて火をつけた。
銀夜は妖力を使って、一瞬で火をつけることができる。
私のいた世界にあったガスコンロと同じくらい……ううん、それ以上に便利な力だと思う。
「いいなぁ、その力」
「そうか? 俺も椛が食事を用意してくれるようになって助かってる。さすがに一瞬で料理できるわけじゃないしな。それに洗濯も頻繁にしてくれるし」
「銀夜、前は何日もずっと同じものを着ていたんでしょう?」
「別に誰も気にしないだろ」
「私はちょっと気にする」
「だから、今は助かってる」
「……そっか」
ここには女性はいないようだし、そもそもこんな山奥に住んでいるのはあやかしと玲生さんくらいだと思う。
玲生さんがこんなところにいるのは今でも謎だけど、あやかしには女性もいるよね?
……女性の山犬もいるのかな?
銀夜に、恋人のような人はいなかったの?
あやかしは一途で、相手を決めたら一生添い遂げると言っていたけど……。
もし銀夜に決めた相手がいたら、私が姫巫女の血を継いでいても花嫁にするとは言わなかったのかな?
「……」
七輪の前にしゃがんで、パタパタとうちわで仰ぎながら「美味そう」と呟いている銀夜をそっと見つめる。
可愛らしい犬耳をピクピク動かしているけれど、緩んでいる着物の襟元からはたくましい胸板が覗いていて、とても男らしい。
斜め上から見える銀夜の長いまつげも髪と同じ白銀色で、鼻が高くて少し彫りが深くて、まるで神様が作った彫刻品のように美しい。
……銀夜を見ているとドキドキしてしまう自分には、本当はもう気づいてる。
元の世界に戻りたい気持ちはあるけれど、銀夜と一緒にこうして暮らしている今の生活も悪くないかもしれない。
一瞬でもそんなことを考えてしまった私に、突如として事件は起きた――。