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16.犬の時とのギャップ

 その日の夜。

 なかなか寝つけなかった私は、外の空気を吸おうと思い、部屋を出た。



 ――銀夜……?


 廊下を歩いた先にある縁側には、白い夜着を着てぼんやりと空を仰いでいる銀夜の姿。


 夜着の上から、袖を通さず肩に羽織をかけ、あぐらをかいて座っている。


 何か考え事をしているのだろうか。

 私にもまだ気づいていない様子で遠くに視線を向けている銀夜の表情に、私は一瞬見とれてしまった。


 切れ長の目に、高い鼻、形のいい唇と、なめらかな頰。


 こうして月明かりの下で改めて彼を見つめると、本当に人間離れした美しい人だと思う。



「――椛。まだ起きてたのか」

「銀夜も」

「ああ。眠れないのか?」

「うん……」

「まぁ、座れよ」


 じっと見つめていたら、銀夜が私に気づいてそう言った。

 おずおずと彼に近づき、遠慮がちに隣に座る。


 近くで見ると、銀夜の頰がほんのりと赤く染まっているような気がした。


 お酒を飲んでいたのね。

 彼の右隣に、徳利とお猪口がある。


「……猪鍋、すごく美味しかった」

「そうか」

「ありがとう。お花も、私の部屋に飾ったよ」

「そうか」

「うん」


 銀夜が私のことを考えてしてくれたことだと思うと、とても嬉しかったし、もみじの花は本当に元気が出た。


「椛、酌をしてくれないか?」

「いいよ」


 一言、静かにそう言って。銀夜は徳利を私に持たせると、空になったお猪口を差し出してきた。


「あ……っ」

「おっと」


 でもお酌なんてしたことがないから、どれくらい注いだらいいのかわからず、少しこぼしてしまった。


 銀夜がすぐに口をつけてくれたからそんなにたくさんはこぼれなかったけど。


「ごめん」

「いや、椛も飲むか?」

「えっ? 駄目だよ、私は未成年だから」

「なんだ、椛は酒が飲めないのか」

「……」


 そういえば、銀夜はいくつなんだろう。

 見た目は二十代前半くらいだけど、あやかしの寿命ってどうなってるのかな……。


 カラカラと笑っている銀夜は、先ほど一人でいたときと違い、なんだかご機嫌に見える。


 その証拠に、ふさふさのしっぽを横に揺らしている。


 最初は銀夜のことを少し怖いと思ったけれど、今は可愛いと思うことが増えた。

 だから二人きりでも、平気。


「ふふっ」

「どうした?」

「銀夜って、可愛いよね」

「……はあ? 俺が可愛い?」

「身体は大きいけど、やっぱり山犬なんだなって。嬉しいときしっぽが揺れるのね」

「ああ……」


 可愛いという言葉に不満そうな声を出した銀夜の見た目はほとんど人間だけど、やっぱりこれだけは不思議。


「その耳も、ぴくぴく動いて可愛い」

「……触ってみるか?」

「え? いいの?」

「別に構わない」

「それじゃあ、ちょっとだけ……」


 先ほど、銀夜についていた土汚れを払おうと髪に手を伸ばしたとき、少しだけ耳に触れてしまってから、実はその感触がずっと手に残っていた。


 やわらかくて、あたたかくて……可愛かった。

 もっと触りたいと、思ってしまった。


 だから銀夜の言葉にありがたく頷いて、そっと手を伸ばす。


「わぁ……やっぱり可愛い」

「……そうか?」

「うん。痛くない?」

「痛くない。……気持ちがいい」

「えっ」


 なでなでと、本当の犬を撫でるときのように優しく触れていたら、ふと銀夜がそう呟いた。


 ドキリとして犬耳から彼の目に視線を落としたら、銀夜は思いの外とろんとした目で私を見ていた。


「……」

「……」


 座っていても私より背の高い銀夜の頭から生えている犬耳に触れるため、私は背筋を伸ばしていた。


 犬耳にばかり気を取られていたけれど、私は銀夜の顔にとても近づいていたのだ。


「あ……、えっと……」

「もっと、撫でてくれ」

「えっ」


 銀夜、もしかして酔ってる……?


 ぐいっと、更に身を寄せてきた銀夜に鼓動が高鳴って、動揺してしまった私は反射的に身を引いた。


 けれど私を逃がさないとでも言うように、銀夜がますます距離を近づけてきたかと思ったら、私の顎をくいっと掴んだ。


「……椛」

「…………ぎん、や」


 そのまま上を向かされ、銀夜から視線を逸らせなくなる。

 月夜の下で輝く銀夜の銀髪も青い瞳も本当に美しくて、呼吸するのを忘れてしまいそう。


 きっと、このまま口づけられても、私は逃げられない――。


 一瞬そんな思いが頭をよぎった瞬間。


〝どろん――〟


「……銀夜?」


 彼は突然犬の姿になると、そのまま〝伏せ〟をして目を閉じ、私の膝の上にぽふりと頭を乗せた。


「もう、びっくりした……」


 キスされるのかと思った。

 でも、たぶん銀夜は酔っているだけだ。


「……よしよし」


 そんな銀夜の頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに「くぅん」と小さく鳴いた。


 やばい、可愛い……。


 今日の銀夜はなんだか甘えん坊。こうしていると、本当にわんこみたいで可愛い。


「……銀夜、ありがとう」

「……」


 最初はこの姿だから怖かったはずなのに。

 いつの間にか、私はわんこ銀夜にとても癒やされるようになっていた――。




     *




「……んん」


 眩しさを感じて目を開けると、朝日が昇っていた。

 いつの間に寝てしまったんだろう。

 私はあのまま縁側で横になってしまったらしい。


 銀夜も犬の姿のまま隣にいて、まだ寝ている様子。

 でも、私の身体には銀夜の羽織がかけられていた。

 犬の姿の銀夜はもふもふであたたかいし、おかげで寒くなかったけど……。


「銀夜、一度起きたのかな?」


 でも、そのまま私とここで寝たの?


 昨夜の銀夜を思い出す。

 月明かりの下で、何かを真剣に考えている様子の銀夜は、本当に美しかった。

 今は可愛い犬の姿をしているけれど、同一人物なのよね……。


「……」


 規則正しい寝息を立てているわんこ銀夜を、じっと見つめる。


 私が眠れないのを悟って、一緒にいてくれたの?

 一度は人型に戻ったみたいなのに、また犬の姿になったのは、私が寒くないように?

 それとも、そのほうが安心できると思って?


「……銀夜――」

「銀夜!」

「!」


 なぜだかドキドキする鼓動を抑えて、そっと彼に手を伸ばしていた私は、後ろから聞こえた玲生さんの声に大袈裟に身体を弾ませた。


「またこんなところで寝て――あれ? 椛さん?」

「あ……、玲生さん。おはようございます! その、昨日二人で少しお話をしていて、そのまま寝てしまったみたいで……!」

「そうなんだ。でも、こんなところで寝たら風邪を引いてしまうよ?」

「はい、気をつけます」


 びっくりした……。心臓が飛び出すかと思った。


「ふあ~あ、……もう朝か」


 玲生さんに向き合って話していたら、背後から〝どろん〟という音が聞こえて銀夜がのそりと起き上がった。


 人の姿になって、大きく伸びをしている。


「おはよう、銀夜――」


 そんな銀夜を振り返って、私は息を詰まらせた。


 夜着一枚の銀夜だけど、襟元が大きくはだけて、たくましい胸元が思いっきり見えている。


「わぁ!?」

「あ?」

「ぎ、銀夜……、胸元が……!」

「……?」


 銀夜は、なんだかよくわかっていないような顔で首を傾げた。


「本当に勘弁して……。銀夜はわんこのときとギャップがありすぎて困る……」

「???」

「はは……。まぁ、とにかく俺は朝食を作るから、二人は着替えておいで」

「はい! 私もすぐ行きますので!!」


 そんな私たちを見て、玲生さんは小さく笑っていた。



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