10.発情期なの!?
「――さて。飯を食って、少しは元気になったか?」
「うん」
「それじゃあ、早速見てみるか」
「……?」
なにを見るの?
食事が終わり、私は玲生さんと一緒に片付けをした。
テーブルを拭いていると、あぐらをかきながら私をじっと見つめていた銀夜が口を開いて、「よしっ」と立ち上がる。
「だが、黄太の前ではよくないな」
「???」
一体なにがだろう?
そう思っていたら、「来い」と言われて銀夜に腕を引かれ、私はその部屋から連れ出された。
「銀夜……?」
やってきたのは、私が使わせてもらったところよりも、少し広い部屋。
ここは銀夜の部屋かしら?
まだ布団が敷いたままになっていると思ったら、銀夜はその上に私を座らせた。
「俺も初めてだから、自信はないんだが」
「え?」
そう言ってすぐに私の上に覆い被さるように近づいてきた銀夜に、嫌な予感がする。
「痛くはないと思うが、じっとしてろよ」
「…………は?」
まさか、この男……! 性懲りもなく――!!
「やめてったら……!!」
「いてててて、おとなしくしてろ! 髪を引っ張るな!!」
銀夜の手が私の足に触れ、着物の裾をぺろりと捲った。
「嫌よ……! あなた、発情期なの!?」
「はぁ? 違う! 昨日の傷を見るだけだ!!」
「え……?」
けれど、そこでようやく銀夜の口から発せられた目的に、彼の髪を掴んでいた手の力を抜く。
そうならそうと、先に言ってほしい。
「……やっぱりな」
私の膝に巻かれていた包帯を手早く取ると、そこを見てぽつりと呟く銀夜。
まったく痛みを感じないことを不思議に思って私もそこに目を向けると、血が出るほどの怪我は綺麗さっぱり治っていた。
「どうして……たった一日で治るはず……!」
ないのに。
もちろん過去にも怪我をしたことはある。けれど、一晩で治ったことなんてない。
「俺も姫巫女に会ったのは初めてだから自信はなかったが、やっぱり間違いなかった」
「どういうこと?」
「昨日、俺がこの傷を舐めただろ?」
「うん……」
「そのとき、俺の妖力を少し送った。俺には治癒能力なんてないが、姫巫女が潜在的に持っている、治癒の力を発揮したんだ」
「治癒の力……?」
「つまり、俺とおまえは相性がいいってことだな」
「…………」
そういうことなの?
銀夜はとても満足そうに頷いて、ふぁさふぁさとしっぽを揺らしているけれど、つまり銀夜の妖力とやらを受けて、私が自分で傷を治したということ?
「そんなことって……」
「これでわかっただろう? やっぱり椛、おまえは間違いなく姫巫女だ」
「……それじゃあ、もう一度銀夜に力を送ってもらって、鬼を封印すれば……! それに、宗ちゃんのことも捜しに――」
「いや」
まだよくわからないけれど、小さな希望が湧いた。それなのに、銀夜は私の提案をすぐに否定した。
「おまえはまだ、本来の力に目覚めたわけじゃない。俺が昨日送った妖力も、もう切れている」
「そんな……」
「どうすればその力に目覚められるのか……俺にもわからないが、迂闊に動くのは危険だ。それに、そいつはもう捜したって無駄だと言っただろう?」
「……でも!」
「俺はおまえを喰う気はないが、他の奴らはどうかわからない」
「え……?」
「おまえの血をひと舐めしただけでも、ものすごい力が溢れてきた。その肉を喰らえばどうなるかくらい、やってみなくてもわかる」
「……」
そう言った銀夜の瞳が鋭く光り、ゴクリと唾を呑む喉仏が上下した。
「だから、俺が山神になるためにも、おまえが力に目覚めるためにも、一刻も早く俺たちが結ばれる必要がある」
「そんなこと言われたって……」
結ばれるって、具体的にはどういうことなの?
やっぱり、好きになるということ……?
それを考えながら、銀夜の顔を改めてじっと見つめてみる。
顔は本当に整っていて美形だけど、それだけで好きになれるわけじゃない。
「わからないが、試せることはなんでも試してみたほうがいいかもな?」
「…………え?」
そんなことを真剣に考えていた私の身体に、銀夜は再び覆い被さってきた。
「さっきおまえが想像したこと、してみるか?」
「な……、なに言って」
私が想像したことって……冗談でしょう?
そう言えたのは、心の中でだけだった。
銀夜の鋭い瞳の輝きが私の身体を凍り付けたみたいに動けなくさせていて、いつの間にか押さえられていた両手首に感じる銀夜の大きな手に、圧倒的な力の差を感じた。
やっぱり彼もあやかしだ。人とはかけ離れた、恐ろしい存在――。
「ねぇ、待って、待て、〝まて〟よ! おすわり!!」
「……は? なに命令してんだよ。俺は山犬の当主だぞ?」
「……~~」
犬なのに、言うこと聞いてくれない……!!
当たり前か。
彼は犬だけど犬じゃないし、躾けも全然されてないんだから……って、今はそれどころではない。
すっかりその気なのか、抵抗する私に若干機嫌が悪そうにも見える。
「俺は一刻も早く山神にならなければならないんだ。おまえだって早く力に目覚めたいんだろう?」
「そうだけど……」
彼は、山神になることしか考えていない。
私の気持ちはどうでもいいんだ。
もし、私が力に目覚めなければ……やっぱり私は、この人に喰べられてしまうのでは……?
そう思って身構えたとき。
「銀夜」
「……!?」
音もなくやってきた玲生さんが、昨日と同じように銀夜の襟元を後ろから引っ張って、私から引き離してくれた。
「玲生、いきなり何をするんだ……!」
「だから、何かしているのはおまえのほうだろう? 椛さんが怖がっているよ」
「俺はこいつと結ばれるために……! 椛も目的は一緒だ!!」
「そうだとしても、やり方というものがあるだろ。そんなに焦っては逆効果だ。それにおまえはいつも、言葉が足りないんだよ」
「じゃあ、どうしろって言うんだ」
しっぽをぴんと立てて、ウ~と、低く唸るように威嚇している銀夜は、やっぱり犬だ。
「もっと彼女の気持ちも考えろ。おまえは強引すぎる」
「……ふん」
〝どろん〟
玲生さんの言葉にコクコクと何度も頷くと、そんな私と玲生さんを交互に見て、銀夜は拗ねたような声を出し、犬の姿になって部屋を出ていった。
「……すまない、椛さん。怖がらせてしまったね」
「いいえ、玲生さんが謝ることでは……」
「ありがとう。あいつは焦っているんだよ。早く鬼を封印したくて」
「……銀夜は、鬼と何かあったんですか?」
銀夜は特別鬼を憎んでいるように見える。
「うん……まぁ、鬼を早く封印したいという気持ちは俺も一緒だけど。まずは椛さんの安全が第一だと、俺も銀夜も思っているよ」
「……はい」
なんとなく濁されたような気がするけど……鬼はきっと、あやかしにとって私が想像しているよりもずっと危険な存在なんだと思う。
だから銀夜はあんなに焦っているのね?
……それとも、過去に何かあったのかな。
とにかく、私が姫巫女様の血を受け継いでいて、それはあやかしにとって特別なものだということはわかった。
でもやっぱり、人の気持ちは人にしかわからないんだと思う。
優しい玲生さんの笑顔を見て、そう思った。
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