追加オーダーは婚約破棄で
ここは王都一と呼ばれるカフェの特別貴賓室。
部屋には品の良い装飾品が飾られ、特注品の木目の美しいテーブルが置かれている。
そのテーブルに向かい合わせで座るのは、この国の第1王子エリックと公爵令嬢のリリー。
二人の婚約は、産まれた時から決まっていた。
10歳になる頃から、儀礼的に1ヶ月に1度、お茶会と言う名のデートを重ねていた。
ただ、二人のデートは奇妙そのもの。
終日ずっと無言だった。
本日も、いつものようにデートの終わりを告げる言葉が、エリックから発せられた。
「追加オーダーされますか?」と。
このやり取りは、もう何十回、何百回もされている。
リリーの返事は、いつも決まって「もう結構でございます」だ。
そんなわかりきったことでも、エリックはいつも律儀に問いかける。
彼の中では、このやり取りこそが、彼女がデートに満足しているという肯定の言葉だと思い込んでいた。
エリックは、身分が身分だけに、毎日沢山の人の話に耳を傾けなければ行けなかった。
当然質疑応答もするわけで、非常に神経を尖らせて会話をしていた。
いつしか、会話事態を苦痛な作業と感じていた。
だからなのか、リリー嬢といる時は、何も喋らなくてもいいと安心しきっていた。
長年の付き合いだから、きっとその辺も察してくれていると完全に思い込んていた。
二人のデート時は、あえて人払いをさせていたため、彼のそんな誤った思い込みを、誰も気が付くことかできなかった。
そう、ただ1人リリー嬢を除いて・・・。
リリーはいつも通り、カップを置く。
ソーサー音がカチャっと少し響いた。
「なんでもいいのかしら?」
いつもとは違う反応。
だが、そこは帝王教育の賜物。
エリックは、内心は驚きつつも顔色一つ変えず「ええ、なんでもどうぞ。貴女の頼みなら、全て叶えますよ」と答えた。
リリーはその返答を待っていたとばかりに、一言告げた。
「追加オーダーは、婚約破棄で」
エリックは、目を見開いた。
顔色一つ変えないように教育されてきたが、まさかの婚約者の言葉に驚きを隠せなかった。
考える前に、口からポロリと「何故ですか?」と問いかけがでる。
走馬灯のように、リリー嬢との想い出を駆け巡らせる。
だが、特にやらかしている記憶はなかった・・・と思う。
誕生日には、諜報部から仕入た彼女の欲しいものリストから、プレゼントを贈った。
彼女が綺麗な花と呟いたと聞けば、花の名前を彼女の名前に変更したりもした。
彼女が、誰かに嫌味を言われたと噂を聞けば、裏で手を回し、その者を閑職に追いやった。
それなのに、なぜ彼女は怒ったような眼差しでこちらを見つめてくるのだろう・・・。
エリックは、本気でわからなかった。
悩み始めたエリックを見て、リリーから思いがけない一言を告げられる。
「代打役は楽しいですか?第二王子のノア様」と・・・。
エリックは混乱した。
「私が本物のエリックです。何故弟のノアと言うのですか?」
「昨日エリック様が我が家にやってこられましたの。そして、今までノア様に代役として私のデートをさせていたとおっしゃられました。エリック様の後ろには、側近のガイ様もついておられましたわ。」
「・・・それだけで、貴女はノアが私と判断したのですか?」
「貴方様は月に一度、1時間程度のデートの時しか、私に逢いに来てくれません。その際も、何もお話してくれません。無言で1時間向き合うだけですわ。私は17年たった今でも、貴方様の事がよくわかりません。貴方の身分と役割は理解しておりますわ。でも、貴方様という人となりが、わかりませんの。ですから、側近の方くらいしか、貴方様とノア様を判別する方法がございませんわ。」
エリックは愕然とした。
幼い頃から一緒に過ごしていたため、リリーはてっきり自分と一卵性双子の弟ノアとの区別がつくだろうと思っていた。
だが、蓋を開けてみると全く区別がついていなかった。
さらに自身は偽物扱い・・・。
どうすれば、自身をエリックだと証明出来るのだろうか?
それに、ノアは何故こんな事をしでかしたのだろう?
考えれば、考えるほど、ノアに対して、沸々と怒りが湧いてくる。
そんな時、ドアの外からノック音が聞こえた。
「今取り込み中だ、後にしろ」
冷ややかな声で、エリックは返事をする。
それでも、ノック音は止まない。
何かあったのかと、エリックが席をたった瞬間、ガチャリとドアが勝手に開く。
開けた主は、弟のノア。
ノアは、クスクス笑いながら立っていた。
エリックは、無意識のうちにノアの胸ぐらを掴んだ。
低音の声音で、ノアに顔を近づける。
「どういう事だ?!リリー嬢は私の婚約者だ。お前には渡さない!」と言い放った。
すると、ノアはエリックの肩越しにリリー嬢を見て笑いながら言った。
「ほらこれが兄貴の本性だよ」と。
リリー嬢は真っ赤になって、俯いていた。
ノアはエリックに掴まれたまま、肝心な事を告げた。
「兄貴が話し出さなきゃ、リリー嬢は話できないだろうが!このバカ兄貴!!」
そう、リリーが話さなかったのは、話せなかっただけ。
この国では、高貴な身分の者が口を開かなければ、下の者は会話ができない掟があった。
その事を、エリックはすっかり忘れていた。
その事に、リリーは途中から気がついていたが、どうすれば、失礼なく伝える事ができるのか悩みに悩み、気づいたら7年経っていた。
流石に、この悩みに終止符を打たねばと立ち上がった。
ノアは幼い頃から、幼馴染ポジションとして常日頃から話しかけてくれていた。
同じ王族ても、やはり長兄とは少しポジションが違うのか、はたまた性格の違いなのかわからないが、気軽にリリーに話しかけて来た。
そういう背景もあり、リリーは、真っ先にノアに相談したのだった。
出会って17年、二人の行き違いは、こうして終焉を迎える事ができた。