一日目
旅の始まりに必要なものは、と
2人は走りながら考えます。
確かに急ぐ必要は間違いなくありますが、
自分たちが倒れてしまえば
そこでおしまいなのですから。
「何はなくとも飯と水だ!
こいつがなくちャ間違いなく
途中で倒れちまう!」
「それ本当に必要か?
それこそ道端のキノコなり
木の実なり何でも食べていけば……」
ロスはあまり食べ物を買うことに、
乗り気ではありませんでした。
山で育ってきた自分たちならば
危険な植物やキノコの種類も見分けられますし、
重い荷物を持って歩いては
進む速度が落ちてしまいます。
しかしロインは、
かたくなに譲りませんでした。
「俺たちはこの町と村を
行き来してきたけどよ、
ほかの町まで足を延ばしたことは
ほとんどねェじャねェか!
碌に知らねェのにそこに行くまでの道のりで
必ず食い物に行き当たれる、なんてのは
夢物語に近いぜ」
ロスは思わず目を丸くしました、
正直なところ、ロインがここまで深く物事を
考える人物だとは思っていなかったのです。
「お前……随分と、あれだな。
理知的に考えるやつだったんだな……」
「ああ、なんだろうな!
自分でも訳わかんないくらいに
頭が冴えてる気がする!!」
2人は食料品店にたどり着くと
ロインは扉を蹴破らんばかりに開きます。
「おおぅ!?
い、いらっしゃいま──」
「この店にある干し肉ありッたけだ金はここに出すからさッさと出してくれさッさと出さねェと町中歩けねェくらいのデカい傷顔に作ることになるぞ」
会計机の上に金貨をまとめて叩きつけたロインは
ほぼ、いいえ完全に脅し文句を突き付けながら
店員に要求します。
店員は何が何だかわからず、
ただ目の前の男がおっかなくて涙目で震えあがっていました。
「ちょっと待て!!
いきなりなんだその脅し文句は、
そんなんで相手が言うこと聞いてくれると──」
「姉ちゃんの危機に落ち着いていられるかよ!!
とッとと用意済ませて出発しなけりャならねェだろうが!!」
ロスは先ほど理知的だと評価したことを
早速後悔しました。
焦りのあまりに正常な思考ができていないと判断したロスは
その鼻っ柱を折ることにしました。
風を切るような素早さで繰り出されたロスの拳は
ロインの顔面に直撃し、
ロインは鼻血をぶちまけながら床に倒れこみます。
「これで目ぇ覚めたか?
どれだけ急いでたってな、
人様に迷惑かけていいもんじゃねぇだろうが!!」
「……痛ッ、
だが今回は場合が場合だ!!」
ロインは床に倒れたままで叫び返します。
ロスはその頭を足蹴にすると、
さらに言葉を重ねました。
「お前の姉ちゃんがここにいたら、
間違いなくお前に失望するだろうな。
『人に迷惑をかけるなんて……
もうあなたは私の弟を名乗らないでね……』って」
「ッ!!!!」
息を飲むような声が聞こえたかと思うと、
ロインはロスの足を掴んで横にどけると
飛び上がるように立ち上がり、
店員に頭を下げました。
「マジすんませんでしたッ!!!
でも急いでるのは間違いねェから
すぐに商品用意してくれねェかなッ!!」
その言葉に店員は、
震えながらも包みを差し出して言いました。
「こ、ここに商品包んだんで……
さ、さっさと出ていってください……
でないと内臓引きずり出して、
ソーセージにしますよ……」
震える店員の背後で、
壁に下げられた包丁が鈍く光ったような気がします。
「言い方は弱腰なのに内容がめっちゃ怖ぇ!!
すぐに退散します!!」
ロスは包みとロインの襟元をひっつかむと、
風のように食料品店を後にしました。
「あー、もうだめかと思ったぜ……
お前一体どうしちまったんだよ?
店に入る前はえらくしっかりした
考え持ってるなって感心したのによぉ……」
「俺もわかんねェ!!
でもとにかくじッとしてられねェんだ!!」
ロインはそう叫ぶと、
腰から提げた金貨の袋を手にして
別の店へと飛び込んでいきます。
「うおわーっ!!
お前はもう動くなっ!!
その方が話は早く済むって!!」
その後も店に入っては恫喝同然の注文をして
店員に生き胆を抜かれそうになったり、
斧を振り回されたりしながらも
ひとまず道具を揃えることができました。
「はぁーっ、はぁーっ……!
命がいくつあっても足りねぇ……!!」
「兎に角食料に寝袋、
水に小刀に替えの靴……
旅する用意はできたな!!」
「本当に最低限しか用意出来てねぇよ!
お前マジでそんな装備で旅に出る気か!?」
「もう日が傾いてるじャねェか!!
これ以上時間かけてられねェだろうがよ!!」
「時間かかったのはお前が喧嘩吹っ掛けまくるからだろ!?
『今から言う商品をすぐに出せ!
さもなきャ並んでる商品全部床にぶちまけるぞ!!』
とか訳わかんねぇ脅しするから話が拗れたんだろうが!?」
思い出すだけでロスは頭を抱えたくなる惨状でした。
ロインの脅しを聞いた店員や店主が、
注文した商品をこちらに叩きつけながらそれぞれの得物を
手にして襲い掛かってくる姿が目に焼き付き、
夢にも見そうだと体を震わせました。
「はぁ……
こんなんじゃあこの先が思いやられ──」
「おッしャア!!
待ッてて姉ちゃんすぐ行くから!!」
ロスが天を仰いでいる間に荷物を担いだロインは
そのまま町の出入り口へと走っていきます。
「おいちょっと待てぇ!!
考えなしに飛び出すやつが……
ああ、くそっ!!
待ちやがれロインこの野郎!!」
ロインの後を追いかける背後では、
迷惑をかけてしまったお店の人々が
『二度と来るな、このクソッタレどもー!!』と
声高に叫ぶ声が響きます。
帰ってきた時のことを考えて
ロスは頭痛がしてきながらも、
旅の始め支度を整えた2人は
いよいよ見知らぬ地を経めぐりながら
西の果てにあるという魔王城を目指します。
その行く先は辛い旅になるでしょうが、
お2人に幸運があらんことを願いましょう。
「ちょっとでいいから話聞けぇー!!」
「姉ちゃん待ッててね、
俺が必ず助けるから!!!」
「他の娘たちのことも
心配してやれよぉぉー!!」
ロス「幸先悪いっていうか、
この先どうなっちまうのか……」
ロイン「とにかく前進あるのみッ!!!」