転生悪役令嬢、失恋
帰り際、馬車に乗り込むアンリにエドワードは確かに言ってくれた。
「ちょっと変わった義姉ですが、どうかよろしく。」
私は泣いた。
馬車のドアが閉まった瞬間から、涙が溢れて止められなかった。
その子は、ゲームのヒロインみたいな甘い顔立ちの美少女で、プラチナブロンドに緑の瞳だった。
でも、ヒロインには似ていなかった。
凛とした表情で、佇まいに気品があって、知的で、ちょうど、そう、ゲームの中のユージェニー・ロスシュリ姫……
私が入る前のユージェニー・ロスシュリ姫に似ていた。
顔はユージェニー・ロスシュリ姫には似ていなかったけど、エドワードがその少女にユージェニー・ロスシュリ姫の面影を求めたことが、すぐに分かってしまった。
それでいて、その子は、ユージェニー・ロスシュリ姫でもなかった。
その子は、とても柔らかく笑う。
ちょっと皮肉っぽく、ちょっと勝気で、でもとても柔らかく笑っていた。
エドワードは、私が入る前のユージェニー姫が好きだったんだと思う。
でもユージェニー姫には、あんな大笑いをするエドワードを引き出せなかっただろう。
互いに上手く愛情表現ができない両片思いのような状態がずっと続いたんじゃないかな?
エドワードにとって、ゲーム内のヒロインは全くお呼びでなかったにちがいない。
ゲーム内では、ヒロインがアンリ王子の攻略に成功した時、エドワードはユージェニーを迎えに来る。
この時、ヒロインがエドワードの攻略を試みなければ、二人はロスシュリに帰る。
でも、二人にとってはただ振り出しに戻るだけで、進展があるわけでも、そのまま結ばれるわけでもない。
ヒロインがエドワードの攻略を試みる場合、それはあからさまな不貞だ。
義姉を蹴落としてアンリの婚約者になったヒロインがエドワードの心を求めるなんて、気味が悪い。
だからエドワードは、ヒロインを利用することに罪悪感を感じなかったのだと思う。
本来の彼は決して人を利用するような人ではない。
二人でロスシュリに戻っても、振り出しに戻るだけなことが見えているなか、もし自分の関心がよそに向かったら悪役令嬢はどうするのか?
試してみたかったんだと思う。
結果、悪役令嬢は、闇落ちして、魔王側についた。
ヒロインである聖女が悪役令嬢の魔王戦に敗北した後、エドワードが自分ごと悪役令嬢を魔王城に封印したのは、恐らく世界を破滅から救うためではない。
世界を滅亡させるに至っても素直に自分を求めてくれない悪役令嬢にキレたからだと思う。
とうとうエドワードの方が根負けして、悪役令嬢を魔王城に監禁した。
そんな感じだろう。
もともと悪役令嬢よりエドワードの方が強かったか、悪役令嬢もエドワードに監禁されることを望んでいたか。
まぁ、それは、どっちでもいい。
ワイトまで迎え来てもらっても素直にならない、仕舞にはヒロインに対するヤキモチで世界を滅亡させてしまうほどエドワードのことが好きなのに、絶対に素直にならない悪役令嬢が、あの子に敵うはずがない。
悪役令嬢が魔王戦でヒロインに負けた場合、ヒロインは攻略の証である「女神の涙」をエドワードから貰える。
この場合、最後まで意地を張ったのはエドワードの方。
最愛を失うに至っても、素直になれなかった自分に絶望しただろうね。
全てがどうでもよくなって、自暴自棄になっていたから、最初に欲しがった人にくれてやっただけかもしれない。
ユージェニー・ロスシュリ姫もエドワードが好きだった。
彼女はワイト国からの縁談を2回も断っていた。3回目に話を受けたのは、エドワードに止めて欲しかったからかもしれない。
でも、エドワードは止めなかった。
仕方なしに、ワイトに入っても、王子妃の居室で暮らすことを嫌がって、別邸に住んだ。
エドワードの個人宅に住みたがった。
それでも、ヒロインがアンリ王子の攻略に失敗すると、彼女はちゃんとアンリと結婚したハズだ。
アンリに愛されなくても平気だった。
そんな彼女がキレて魔王側につくのは、エドワードが攻略されたときのみ。
エドワードの心が別の誰かに取られるのは、我慢がならなかった。
不器用すぎない?
そして、愚かすぎる。
私は彼女の体に入って、彼女の命を奪ってしまった。
エドワードの想い人を奪ってしまった。
愚かすぎるけど一途な二人を永遠に引き離してしまった。
エドワードのことが好きだったユージェニー姫にも申し訳がない気持ちでいっぱいだし、ユージェニー姫のことが好きだったエドワードにも申し訳ない。
それでも、エドワードにとっては、あの子と幸せになるのがベストエンディングだと言い切れるから、後悔はしないことにする。
ユージェニー姫に似た佇まいのあの子がエドワードの婚約者だと知った時、あの高熱の後、想い人を失ってしまったことにエドワードが気付いていたことを知った。
知った上で、今のユージェニーをただの姉として、ワイト王宮の部屋を居心地の良いものにしようとしてくれたり、自分が最愛と過ごそうと思って準備した家に居候させてくれたってことを理解した。
凄い人だと思う。
流石、私が好きだった人だ。
今なら、素直にそう言える。
私もユージェニーと変わらない。
エドワードと同じ空間に暮らせるだけで幸せだったから、この6年間、何の対策もせずにいた。
心のどこかでエドワードが自分のことを好きになってくれることを願ってた。
いつか自分に愛を囁いてくれると思いたかった。
ワイト国からの最初の婚約の打診を考えなしに受けてしまった私と一緒にワイト国に来てくれることが嬉しかった。
もし最初の打診を受けていなかったら、2回目と3回目も断っていたかもしれない。
むしろ3回目の打診を受けてしまった悪役令嬢が信じられない。
そして、ワイト国に来た後も、私はエドワードと一緒に住みたがった。
逆ハーだなんだと自分に言い訳してたけど、単にエドワードと一緒に住みたかっただけだ。
どれだけフラグが折れても痛まなかった心が、エドワードの時だけ痛くて仕方ない。
エドワードがあの子と笑っているのを見た時、あの子に向ける幸せそうな眼差しを見た時、私は心が張り裂けるってこういうことかと思った。
そして、今、馬車の中で号泣している。
私にはエドワードの笑顔を引き出すことができなかった。
エドワードは、あの子には素直に愛を囁くだろう。
エドワードは、あの子には素直に甘えるだろう。
エドワードは、あの子には素直に弱い部分を見せるだろう。
私にはできなかった。
ユージェニー姫にも、ヒロインにも。
あの子は知っているのだろうか、あの子の両耳に輝くあの石の意味を。
私は知らなかった、「女神の涙」が2つあることを。
多分誰も知らなかった……
エドワードは、ねだられたとき、あの石を1つ渡す。
それは1つねだられるからだ。
でも、自分からあげるときは2つあげるのだ。
あんな風に他愛無い小さなプレゼントのようにサラリと。
それが悲しくて仕方がなかった。
王子妃の居室に戻った私は、アンリが手配してくれたハチミツレモンを飲んで、一息ついた後、アンリに正直に伝えた。
「私はアンリが好き。大好き。でも、同時にエドワードに失恋して、とてつもなく悲しい」と。
ちゃんと言わないと後悔すると思ったから。
正直に言わないと後悔すると思ったから。
アンリはいつもの綺麗な笑顔で言ってくれた。
「うん。ユージェニーが僕のことを慕ってくれているのは分かっているよ。それに初恋に破れた時の悲しさも知っている。きっと新しい恋が破れた恋の傷を癒してくれるよ」
アンリは、どこまでも優しい。
「僕は、君の新しい恋の相手が僕であると確信しているんだ」
私は泣きながら思わず笑った。
アンリの初めての俺様っぽい発言だ。
「だから、ゆっくり癒して、ゆっくり進もう」
私は既にアンリが大好きだ。
きっとあのゲームのベストエンディングは、聖女が王子の攻略に失敗して、エドワードに迎えに来てもらえない失意の悪役令嬢と結ばれたシナリオだ。
ゲームのアンリは、ユージェニーが嫌いだったんじゃなくて、ユージェニーがエドワードを好きなことに我慢ができなかったんじゃないかな?
でも、アンリはきっとユージェニーが失恋すれば、こうやって暖かく支えてくれるんだ。
アンリが傍にいれば、悪役令嬢は初恋を失っても、乗り越えられる。
乗り越えた先には、幸せが待っている。
こういうハッピーエンディングも悪くないよね?
そんな風に思ったぐらい、今は幸せ。
でも、同時にたいがいぶりツラい。
というわけで、わたしは、これから、アンリに言われた通り、ゆっくり癒して、ゆっくり進むことにするね。
んじゃ、ばいばいきーん!
アンリ王子がかわいいと感じてしまう、「明後日の方角に大暴走して、間違っているのに自信満々すぎて絶対に気付けない麗奈さんのおバカっぷり」が上手く伝わると良いのですが……
この時も「あ~。また変な方向に大暴走してるんだよね? 仕方のない子だな~」と、かわいく思ってしまうのが、懐の深い王子アンリです。




