エドワード・ロスシュリ15才、氷の王子のハッピーエンド
(結婚してください)
(え?)
(結婚してください)
(はい。
はい。はい。はい。はい!)
唐突な私の心の声に、アリスが答えてくれた。
彼女の前で片膝を折り、声に出して、再び願う。
「結婚してください」
「はい。よろこんで」
(よかった)
(うれしい!)
心底ほっとして、アリスをぎゅーっと抱きしめた。
「唐突にごめん。もっとちゃんとした場所で、アリスの喜ぶ雰囲気を作って……って考えてたんだけど、ムリだった。今、どうしても、言いたくなって、ごめん」
「凄く嬉しい。今、言ってくれて、凄く嬉しい。わたしが頭の中でそう言っちゃう前に言ってくれて、凄く凄く嬉しい」
アリスも私をしっかり抱きしめ返してくれた。
(幸せだ)
私もアリスも、ロスシュリ神より祝福を受け、近くにいる人の思考が読める。
だから、お互いの考えていることは言葉に出さなくても伝わってしまう。
お互いを憎からず思っているからこそ、お互いを傷つけないように、相手に嫌われないように、思考する内容を慎重に選び過ぎて身動きが取れなくなっていた。
アリスの魂がまだロスシュリ城にいた頃、私達はまだ10才で、自分の心を晒す勇気を持たなかった。
そして自分が傍にいると、相手が自由に思いつくままに考えたいことを考えられないことを申し訳なく思って、近寄れなかった。
お互いに遠慮して。
だからこそ、私は、その時その場で考えたことを唐突でもなんでも、さらけ出せるようにならねばならなかった。
「結婚してください」と。
そんな私の行動をアリスは喜んでくれた。
「雰囲気も、脈絡も、何にもなく、突然湧いてきた考えを打ち消すことなく、わたくしと結婚したいと思ってくれたことこそが、わたくしにとって最高に嬉しい求婚です」
(キス、してくれないんですか?)
(よろこんで)
(あ、子供のチュウで、お願いします。)
(っはは、かしこまりました)
アリスのお望みの通りのささやかなキスをその唇に落とした。
(できれば、大人のチュウもしたいのですが)
(それは、こころの準備をしておきますので、もうしばらくお待ちいただけますか?)
(では、そのように)
「くくくっ」
「ふふふっ」
「さて、お腹は空いてない?」
「はい。すこし。いえ、とっても。」
私はまだ数の少ない使用人に食事の支度を指示した。
この別邸は、ロスシュリの王からではなく、生家の生みの両親から譲り受けた私のワイトの拠点だ。
義姉がワイト王家にお輿入れするので、ワイト宮殿の王子妃の居室や学園の準備をする時に使っている。
アリスの持ち込んだ予言の書では、義姉は王子妃宮ではなく、ここに住んでいるようだ。
物語の義姉の魂はアリスだから、アリスがここに住んでいたのだ。
予言の書の悪役令嬢は、俺様王子と婚約したが、氷の王子の個人邸に住んでいたのだから、その関係性は明白だ。
私はアリスにこの別邸を案内した。
3階は夫婦の居室と寝室として使う予定だと、アリスにちゃんとそう言葉に出して、案内した。
私たちはまだ15才で、その部屋を使うのがまだまだ先だったとしても、言葉に出して、しっかり伝えた。
予言の書の氷の王子も、悪役令嬢にしっかり伝えていただろうか?
その日、アリスが持ち込んだ「予言の書」は、この世界の未来について書かれたものだった。
その書の中で、アリスは悪役令嬢と呼ばれている。
悪役令嬢はワイトの王子から婚約破棄された。
私はこの別邸に住む悪役令嬢を迎えに来て、ワイトの聖女に恋をする。
私は聖女と共に闇落ちして魔王となった悪役令嬢を討伐するという内容だった。
予言の書でも、アリスと義姉上の魂は入れ替わっていたのか?
聖女の魂がアリスなら、私が聖女のことを好きでもおかしくはない。
でも、聖女は、ワイト王子と相思相愛になった上で、私の心を欲しがる。
アリスはそんな人間じゃない。
予言の書では、アリスと義姉上の魂は入れ替わってはいないだろう。
だとすれば、私は何故、アリスではない聖女を好きなフリをしたのか?
考えられる理由は、しいてあげるならば、アンリ王子の聖女獲得に協力したからだ。
ワイト国王は、戦神の加護が使える悪役令嬢をワイト国のものにしたかった。
ワイト王子アンリは、聖女と結婚したかった。
魔王ノアは、魔王領を救済したかった。
悪役令嬢は、魔王ノアを助けたかった。
聖女は、あらゆる方面で圧倒的に力不足で、王子アンリの妃になるには、様々な工作が必要だった。
王子アンリは、聖女に魔物討伐をさせて、聖女の実績を作ろうとした。
魔王ノアは、聖女の実績づくりを魔王領の瘴気祓いに利用した。
悪役令嬢は、人気が高すぎたので、聖女を相対的に上げるために、自分の悪評を立てた。
私は、最終的に悪役令嬢が手元に戻るならと、聖女を「みんなが欲しがるもの」に見せるために恋心を抱いたことにした。
結局、ワイト王はいつまでも「戦神の加護」を諦めなかったから、ロスシュリ国のユージェニー姫は、闇落ちして魔王として死んだことになった。
予言の書の私も悪役令嬢アリスも、長髪だった。
ロスシュリ人が髪を伸ばす理由なんて、想い人に結って欲しいからしか考えられない。
互いの髪の長さ的に、私たちは子供の頃から両想いだった。
傍で暮らしていないから結われていないが、想いは続いていたんだろう。
現実の世界で義姉が高熱を出し、わけのわからないものに変化してしまった時、私は「私のユージェニー」の死を悟り、髪を切った。
でも、予言の書の私は、魔王討伐後、髪を切っていない。
予言の書の悪役令嬢は絶対に生きていたはずだ。
でも、死んだことにして表に出ない存在になった。
予言の書で、聖女をよく見せるための努力が全て無駄だということを知ったアリスは、最初にアンリに会ったときに、「魔王領の問題が解決するまで『戦神の加護を持つ存在』を表に出さない」ことをアンリに提案した。
ワイト王宮内での会話だったというから、きっとアンリにしかわからない方法で伝えたと思うが、アンリは理解して、同意した。
予言書の私は我慢強くアリスを待ち過ぎた。
仮に表で自分に不利な噂を立てられたとしても、裏でアリスと結ばれていればそれでよいとか考えて、ワイト王子の芝居に付き合ったのかもしれないが、それにしても時間がかかりすぎている。
そんなに待ちたくない。
すぐにでも求婚したくなって、体裁を整えず、求婚した。
受け入れてもらえて、良かった。
私がこの5年間でやったことを知ったら、アリスは怒るだろうか?
この予言の書の恐ろしいところは、登場人物が書と同じ環境に置かれたら、同じことを考えて、同じ行動をとってしまうだろうと思われること。
私の魂は、この現実世界でも我慢強く、アリスを尊重して、待ってしまうだろう。
下手すればアリスを失うかもしれない。
そうならないためには、私のわがままをアリスにぶつけて、「どんな時もアリスと一緒にいたい。何かする時は二人で相談して、一緒に行動したい」とちゃんと主張できなければダメだと思った。
「もう片時も離れていたくないから、どうか私とロスシュリに戻ってください」
私は、はっきり、きっぱり、アリスに請うた。
「あと一人、ハッピーエンドになって欲しい人がいます。アンリです。彼とユージェニー姫が結ばれるまで、ワイト国の学園に通いたいので、エドワードはそれまでこの別邸に滞在してくれませんか?」
アリスも、はっきり、きっぱり、希望を口にした。
そう。このように願望を口に出して、伝え合えるようにならねば。
「では、私もアリスの気が済むまで、この別邸から君と同じ学園に通うことにするよ」
「ほんとに? 嬉しい!」
彼女は、私に抱き着いて、幸せそうに笑っている。
「アリスの髪を結ってもいいかな?」
「もちろんよ。あなたの髪も伸ばしてくれる?」
「よろこんで」
私は彼女の髪に指を通して、長さを確認しながら、どんなふうにしようかな?っと思案できる幸せをかみしめた。
予言の書の端々に気になる点はあるけれども、なにより一番大事なのは、これからは絶対にアリスを手放さないことだ。
肝に銘じておこうと思う。
あと、細かいことではあるが、私は「氷の王子」の二つ名を持つ。
単にアリスが傍にいなくてたいそう不機嫌だっただけだろうと思うが、その点も気をつけてアリスの前では笑顔を絶やさぬように暮らしていく所存だ。




