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シェアハウス  作者: 東風
2/14

「んで、急にどうしてそんな話が出てきたんだ?」


 いくら震災のことをテレビでやっているとはいえ、話の話題としては急な気がした。


「哲学的な問いがヒントにならないかなと思って」


 何の、とは聞かなかった。やっぱりこいつは何でも知っているんじゃないだろうか。


「いつの間に盗み見た」


 オレは思わず声を低くして白川に聞く。


「なんのことかな。別にキミの書いている小説のヒントだなんて、一言も」


「それが答えなんだよ!」


 そう言うと、白川は気にした風もなく、カラカラと笑った。確かに、オレは小説を書いている。灰島さんと同じように趣味程度だ。けれど、それが少し前から詰まってしまっているのは事実だった。やつはそれを知っていて、震災に絡めてわざわざそんな話をしたのだろうか。


「それにしてもキミが書く小説ってどうして最後に人が死んでしまうんだい? あーでも、あれは面白かったよ『眠れぬ姫』という作品。キミには珍しく童話調だったね。

 成人となった王子に見合いの話が毎日のように舞い込んだ。それに嫌気が差して、王子は森へと逃げた。その森の中にいた少女に恋に落ちる。しかし、彼女は小さい頃から病気せず、その実、不死者だった。彼女は不死のまじないを解くには愛する人からのキスが必要だった。長いようで短い時を二人で過ごし、そして、彼の最期の間際に彼女は願う。自分にキスをしてくれ、と。なんともロマンティックで素敵だったよ」


「お前いつから読んでるんだ!!」


 そう叫ぶと、完全に無意識だったのか、白川から「ありゃ」と声が漏れた。白川が言った作品はもうずっと前に書いたものだ。しかも、同人誌などにもまとめていない本当に個人的に書いたものだ。確かにこの共有スペースで時々書いていたけれど、それでもどうして詳しく知っているんだよ!!


「でもまあ、キミが小説を書いているのは、ここの住人の周知の事実だから、いいんじゃないかな?」


「よくない!」


 白川のやつ、開き直りやがって……。趣味でしていることを……いや、それ以上に隠しきれていると思っていたことを当然のように知られているとか、すごく恥ずかしい。まだ、勝手に知られている分には別に構わない。だが、知っていることを知らされることがどれほどに恥ずかしいことか。


 なんてことを教えてくれたんだ。明日からどう過ごしていけばいいんだよ……。


 オレは絶望にも似た気持ちになりながら、テーブルに突っ伏した。


「そんなに落ち込まないでおくれよ。生き残った者同士、仲良くしようじゃないか。仲良しついでに交換ノートでもしようじゃないか」


「自然な流れのつもりで言ったんだろうが、全く自然じゃないからな?」


 しかし、白川は何のことやらといった様子でオレの言葉を無視し、目の前に一冊のノートを出してきた。青色の表紙のキャンパスノートで、そこにはフェルトペンのような太い字で交換ノートと書かれていた。


「このシェアハウスにいる者同士の交流を図るためにね、先日決まったんだ。キミも何か書いてみたらいい」


「どうせいつもの会議で決まったことだろ。オレには関係ない」


 このシェアハウスでは、定期的に住人同士で会議が行われる。その内容はここで生活する上での決め事や改善すべきことを話し合っている。


 その概ねの目的は、もちろんシェアハウスで快適に過ごすためであるが、住人同士の交流と聞く。言い方が伝聞的なのは、オレがそれに参加したことがないからだ。


 参加は任意で、不参加であることを咎められたことはない。オレはここにいられればそれでいいし、他の連中と関わろうと思っていない。だから、これからもオレはその会議に参加することはないだろう。


「関係ないって……同じシェアハウスにいる住人じゃない。関係ないことはないよ。さっきも言った通り、このノートの目的は住人同士の交流だからね。シェアハウスで過ごすにあたって、普段やっていることや趣味、趣向、ここでの不満などを自由に書こうというのが、このノートの目的だよ。最初は交換日記にしようかという案も出たけど、キミのように不定期にしか表に出てこない人もいるからね。それは難しいだろうってことで、ただのノートになったんだよ。それぞれ不満や都合が悪いことが増えてきたからね」


「そーかよ。でも、やっぱりオレには関係ない」


「全く……。まあ、ここのモットーは『無理せず、自分のペースで過ごす』だからね。例の如く強制はしないよ。ノートはここ――共有スペースの机に置いておくから、気が向いたら見てくれたまえよ」


 そう言い、白川はノートを机の脇に置いた。すると、ズザザーという激しい音が聞こえた。それは先ほどから流れているテレビからの音で、そちらの方を見ると、海から押し寄せた津波が町を飲み込んでいくところだった。


「凄いよね。そういえばキミは、震災のことを覚えているかい?」


 白川にそう聞かれ、当時のことを思い出そうとした。オレの記憶にあるのは、音のない断片的な記憶だった。


 ぐちゃぐちゃになった机や椅子、薄暗い教室、沢山の頭が並ぶ校庭、曇天の雲――それらはおそらく学校の記憶だ。


 その後は、どこかの施設で、その出入口を慌ただしく色んな人が出入りしている。先生から貰った十円玉を二枚が握りしめ、沢山の人と一緒になって黒い公衆電話に並んでいた。


 そんな記憶の他には、田舎の風景がある。


 それはおそらく非難した祖母の家の景色だ。縁側に座り、煙草を吹かす親父の後ろ姿を妙に覚えている。


 すると、ズキリと頭が痛くなった。締め付けるような痛みに、思わず顔が歪む。


「大丈夫かい」


 オレの様子に気づいたらしい白川が心配そうな声で聞いてくる。そんな声さえ、頭に響くようだった。


「嫌なことを思い出させたかな」


 申し訳なさそうな、白川には珍しく塩らしい声が聞こえた。


「いや……。オレが覚えているのは断片的なことだけだ。学校にいたときのこと、そこから近くの公民館に移動したこととか、そんなものばっかりだ」


 頭に走る痛みを何とか堪えながら、オレはそう答える。


「……そう。キミもボクらと同じなんだね」


「同じ?」


 白川の言葉に思わず聞き返す。頭の痛みは消えそうにない。


「ボクらも確かにあの震災の渦中にいた。いたはずだった。けれども、その時のことをあまり覚えていないんだよ」


 静かな声で白川はそう言った。不思議そうに思っている様子はなく、ただの事実として受け止めているようだった。


「震災の記憶なんてきっと気分のいいものではないからね、どこかに箱でも作ってそこに閉じ込めているのかもしれないね。まるで、パンドラの箱みたいに」


 どこか茶化すようにそう言った。なおも痛みの走る頭を抱えながら、オレは先ほどから気になる疑問を口にした。


「なぁ、お前がさっきから言っているボクらって、誰のことだ?」


 治まり始めていた頭の痛みが何故かどんどん激しくなっていく。意識が途切れそうになる中、必死に白川の答えが返ってくるのを待つ。やがて、白川は言った。


「もちろん、ここにいる住人のことだよ」


 途端、目の前が真っ暗になった。

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