第9話 神聖騎士団第二隊隊長 マックス・ヒュベルサー
基本的に、神聖国は白。王国は青。帝国は黒をイメージカラーとして用いる場合が多い。
特に、軍が使う鎧や正装などを作る場合、その色を使うパターンが多く、遠くからでも判断が可能である。
アルバ大森林に訪れる白い鎧を着た兵士たちの集団。
彼らは森の中に見える『めっちゃ新しい整備された道』を発見し、そこを通って、ナズズ村跡地へと向かった。
「遠路はるばるいらっしゃい。ここはナズズ村跡地……もとい、『大樹街フレスヴェル』だ。神聖国の保守派の皆さんだな。待ってたぜ」
ダイナが白い鎧の兵士たちに向かってセリフを口にしながら、笑顔を浮かべている。
先頭に立つ綺麗な装飾のある鎧を身に着けた男が、ヘルムを脱いで顔を晒す。
静謐。といえる印象を与える三十代半ばの男性だ。
「神聖騎士団・第二隊隊長、マックス・ヒュベルサーだ。久しいな。『魔剣コレクター』」
「五年ぶり……俺が聖剣を抜けなかったとき以来か。勝ち馬に乗りに来たんなら歓迎するぜ」
★
現在、『神聖国上層部』と『教会上層部』は同じ意味だ。
ただこの中で、『強硬派』に関しては利益独占の傾向が強く、一般的に良い印象がない。
保守派はある意味『原則派』でもあり、人間が社会を形成するうえで守るべき倫理観があり、それを守ろうと広めているに過ぎない。
要するに、教会関係者を見たからと言って、強硬派だと思って罵詈雑言をぶつけたら穏健派だった。というケースも多々ある。
ただ、法衣や新聖騎士の鎧を身に着けているからと言って、どちらに属するのかを判断するのは非常に難しい。
とはいえ、肩書が違うので、それを聞けば間違いはない。
保守派は『神聖騎士団』。改革派は『神聖兵団』をそれぞれ抱えており、法衣の方は分かりにくいが、戦力の方は分かりやすいので、それで判断することになる。
……まあ、武力と言うのは最も分かりやすい『手柄』や『責任』に繋がりやすいため、あえて分けたというのが本音だったりするが、それはそれでいいとしよう。
「……話では聞いていたが、本当に貧弱な体つきだな」
ヴィスタの小屋に入ってすぐの扉を開けるとヴィスタの書斎になるわけだが、傍にベッドもあり、そこで横になっている。
布団は重いとヴィスタが耐えられないので薄いながらも効果的。
そのため、布団をかぶっていてもなんとなく体格が見えるのだが、まあ人間ではない。
「……最初に来るのが強硬派の方だったら面倒だなあって思ってたけど、保守派の人で良かったよ」
「そこまで予想していたのか」
「そういうこと。で、セラ。後は基本よろしく」
「わかりました」
ユグドラシルの影響で体調は優れているはずなのだが、やはりまだぐったりしている。
というわけで、セラにぶん投げた。
「さて、まず我々が来た理由から話そう。予想しているとは思うが、ヴィスタ殿がここに追放されたという話を聞いて、直ぐに解毒薬を集めて移動した次第」
「まあ、あの木が目的ではないでしょうね」
「結局、解毒薬は必要なかったというわけだ」
流石に世界樹があるとは思わなかったようだ。そりゃそうだが。
「我々が求めているのはその頭脳だ。ヴィスタ殿には、神聖騎士団の軍師を務めてもらいたい」
まっすぐヴィスタを見るマックス。
「神聖騎士団の。ですか……まあ、強硬派に組み込まれたら目も当てられませんからね」
「そうだ。それで、どうかな?」
「あらかじめ、ヴィスタ様からの返答があります。簡潔に言えばお受けすることはできません」
「……理由もなく断るようにも見えんがな」
「当然です」
セラはヴィスタをチラッと見て、マックスの方に向き直った。
「理由の中で一番大きいものは、『距離的に現実的ではない』ということ。現在、ヴィスタ様はこの森以外の場所を拠点にすることはありません。そして、神聖騎士団の本拠地は『聖都ラスターム』であり、馬車で移動すれば二週間は確実にかかる。軍師として運用するにあたり、情報のやりとりに不備が出ます」
「だが、ヴィスタ殿の頭脳があれば、展開を予測し、我々にとって都合の良い未来に誘導する計画を立てることも可能だろう。それを前提にすれば、実際のやり取りの回数は少なくできるはずだ。こういってはなんだが、その頭脳によってもたらされる情報が重要で、本人の体がどこにあるかは関係ない」
「その通り。しかし……ここからは口では言えません」
セラは机の引き出しから封筒を取り出して、マックスに渡す。
マックスは受け取り……。
「これは?」
「ヴィスタ様からあなたに当てた手紙です」
「穏健派。というだけでなく、私個人というところまで予測していたのか」
「その通り。ここで読んでください」
「……」
マックスは開封して、四つ折りの紙を開く。
しばらく、静かに読み始めた。
……十数秒後、溜息をつくと、手紙をぐしゃぐしゃに折りたたんで、魔法で火をつけて完全に燃やした。
「……一応、君に聞いておきたい」
「何でしょう」
「君がヴィスタ殿の頭脳のレベルに気が付いたとき、何を感じた?」
何か、とんでもないものに触れた。
若干顔が青くなっているマックスの表情を見る限り、そんな状態に陥ったのだろう。
「そうですねぇ……まあ、『感じたこと』を言語化するというのも難しい話ですし、事実を一つ言いましょう。『本能が屈服を選んだ』……これが、私の事実です」
「本能が屈服か」
「はい。フフッ、『井の中の蛙大海を知らず。井の中の蛙深淵に至り』……考える。ということにおいて、ほとんど移動することが出来ないヴィスタ様は、大海を知らないでしょう。しかし……」
「深淵に至っている。と。その深淵を見て……なるほど、『恐怖』か」
「なかなか耐えるのは難しいですよ? 何の準備もなしに、『とても恐ろしいと理解させられるものを見る』のは」
「だろうな。まあ、言いたいことの一部は分かった」
二人は、ベッドで横になっているヴィスタを見る。
「……私を肴にして盛り上がるのは構わないが、建設的な話はしっかり進めてくれ」
「「はぁ」」
二人そろって溜息をついた。
その時、窓の外からダイナが顔を出した。
「なあマスター。とりあえずマックスの部下に頼んで、女神像を作ってもらったぞ。これを騎士団の建物に置けばいいのか?」
「ああ。よろしく。一階の大部分は祈るための部屋だからね」
「わかった、それ用に整えておくぜ」
ダイナは顔をひっこめてどこかに行った。
「……どういうことだ?」
「簡単に言えば、このフレスヴェルにテュリス教の女神像を置く。というだけのことだよ」
「いいのか?」
「私が考えるルールと、穏健派の主張は共存できるからね。私のルールと共存可能な宗教はすべて認めるつもりだし、この森に流れてきた人の中には神聖国の人間も多いから、祈る場所はあってもいいだろう」
「そういう理由か」
そこまで話したとき、またダイナが顔を出した。
「マスター」
「ん?」
「なんか、砂時計が必要って言われたんだけど、アレ、何に使うんだ?」
「十分の砂時計か。テュリス教なら必要だよ」
「聞いた事ねえけど」
「テュリス教は『太陽信仰』で、日が沈む少し前に、太陽からの恵みに感謝の祈りをするんだよ。だけど、星から太陽って遠いだろ? そこで、『純粋な思いを伝える』とされる女神テュリスに、太陽まで祈りを運んでもらうんだよ」
「え、運べんの?」
「まあ神話だからな……で、その神話において、女神テュリスに関しては光の要素が多い。聖都には『神聖剣テュリスライト』っていう剣があるくらいだ。そこから、テュリスには光の速度で動けるっていう解釈がある」
「必要な論理展開をかなりすっ飛ばしてねえか?」
「私に言われても困る。で、星から太陽までの距離と光の速度を導いて計算した結果、八分とちょっとで届くんだけど、これを導いた当時、五分と十分の砂時計しか市場に出回ってなかったから、十分の砂時計を使って、『祈りを届けてくれてありがとう』って二度目の祈りをする話に落ち着いたんだ」
「ほー。だから十分の砂時計が必要なわけか。とりあえず作っておくよ」
「よろしく」
「……で、もう一つ気になるんだが、太陽信仰っていうのはまあいいとして、テュリス教って、『三大倫理』を広める宗教じゃなかったのか?」
人を殺してはいけません。人の物を奪ってはいけません。話し合いで解決しましょう。
これがテュリス教の三大倫理だ。
「元は太陽信仰だけど、人が多くなればそれを管理するルールが必要になる。一個一個何かを禁止していくより、大雑把でも方針がある方が分かりやすいから、三大倫理として『これだけは尊重しろ』って広めただけ」
「ああ、そういう……まあ大体わかった。じゃあ、砂時計作って来るよ」
「よろしく」
ダイナは顔をひっこめた。
「……何でも知っているな」
マックスが半ば呆然としながらつぶやいた。
「まあ、調べてみるといろいろ面白いよ。論理と詭弁が入り混じったわけわからんことばっかり書かれてるからね」
「そうですか……」
「まあとりあえず、第一段階はこれでいいか」
ヴィスタは窓の外をチラッと見て、すぐに目を閉じた。