第7話 【実家SIDE】強硬派の司教が来た。ならば煽るしかない。
ケラダホア王国が存在するのは大陸の北東になり、西に神聖国。南は帝国と隣接しており、どちらも大国である。
王国の東には小国郡があり、さらに東に行けば大陸の東端だ。
しかし、神聖国に関してはこの中でも突出している。
人口は王国の十倍に達しており、回復魔法を独占し、『治療師ギルド』を各地に派遣して運用しているため、巡り巡ってその財力もすさまじい。
神聖国から西に行けば中小国が集まっているが、これらの国に関しては、食卓に芋が並ぶか肉が並ぶかは神聖国の気分次第と言われるほどだ。
現在、神聖国の中では大きく分けると二つの派閥に分かれている。
一つは『保守派』で、他国からは『穏健派』と呼ばれている。
神聖国を本部とする【教会】は、『女神テュリス』を信仰する『テュリス教』信者であり、大雑把に言えば、『人を殺してはいけません。人の物を奪ってはいけません。話し合いで解決しましょう』という倫理観を最初に広めた存在である。
比較的『緩い』のが特徴的で、言うほど『禁止』がない。
というより、『絶対に』人を殺してはならないとなると死亡リスクのある手術が不可能になり、『絶対に』人の物を奪ってはいけませんとなると危険物の没収が出来ず、『絶対に』話し合いで解決しましょうとなると武器を捨てなければならないがそれではモンスターがいる世の中で安全保障が出来ない。
そういう意味で『緩さ』を設けることで『頭の柔らかい状態』を作っている。
読み書き計算と共にその倫理観を無償、または破格の条件で他国に人材を派遣して教えていることもあり、比較的どこの国でも受け入れられている。
宗教国家らしく原理主義ではあるが、その原理が頭の柔らかい状態なので、少なくとも危険視されることはない。
問題なのは、もう一つの派閥。
名前は『改革派』で、他国からは『強硬派』と呼ばれている。
回復魔法の独占や治療師ギルドの運用に始まり、大陸全体をテュリス教信者とするために暗躍している。
およそ三十年前に出来上がった比較的新しい派閥なのだが、なかなか苛烈であり、しかも治療というある種の『安全保障』を牛耳っているためか、財力があり、そしてその勢力を広げつつある。
というより、多くの国が教会からの教師派遣を受け入れてきた歴史があるわけで、暗躍ルートの構築はそれをうまく利用すればできてしまうという、長年培ってきた遺産を私的に利用する状態になっている。
回復魔法の独占。と言った通り、ヴィスタをアルバ地方へ追放するように働きかけたのはこの強硬派である。
もちろん、ヴィスタの件に関しても氷山の一角のようなもので、なかなかあくどいことを繰り返している。
ヴィスタの頭脳によってリドナーエ家が完全復活したことに関しては、穏健派にとっては喜ばしいことで、改革派にとっては諸悪の根源だ。
ヴィスタの追放成功に関しては全く逆。
要するに、このタイミングでリドナーエ家の当主の執務室にやって来るようなものがめっちゃ笑顔だったら、強硬派だと思えばいい。
★
「失礼します。アラガス・バラサーと申します」
法衣を着た初老の男性だ。
質の高い生地を使用し、装飾品もそこそこ多い。
教会関係者の中でも上位と言えるだろう。
「バラサー伯爵……多忙と聞いていましたが」
「いえいえ……オードリス陛下が、このリドナーエ家の次男が追放を言い渡したと聞きましてね。都市フェラリムには我々神聖国の商会の中でも大きなものがある。混乱は避けたい所でして、こうして様子を見に来たまで」
アラガス・バラサー。
白髪の老人で、神聖国伯爵家のご隠居にして教会の司教。
いくつかの教会関係の建造物をまとめ上げる立場の人間である。
そして、オードリス・ケラダホア。
ケラダホア王国の現国王であり、ヴィスタが書いた論文は【教会】の急所を突いたものだが、それでも他国の本拠地を持つ組織が伯爵家の追放とその追放先を決めることは不可能で、建前ではオードリスが決めたことになっている。
そうなる原因は、もちろん、オードリスが教会の強硬派の言いなりになっているからだが……。
「そうですか……確かに、この町に拠点を置く『コートス商会』は、リドナーエ伯爵家の混乱時代、我々から提供する商品を、こちらに有利なレートで取引させていただきました。そこからの縁ですから、確認に来るのも納得です」
ゴードンは続けていった。
「それで、あれから一週間以上が経過し、思ったほど混乱がなく、内心では怒り狂っていると?」
あえて挑発。いや、あえて、とは言えないか。
リューガはゴードンに視線を向けるが、ゴードンはヴィスタの本をチラ見。
それだけでリューガは納得した。
「何の話ですかな?」
「強硬派……いえ、貴方に合わせて改革派といいましょう。ヴィスタがいなくなれば、立ち行かなくなる部分が多くなると踏んだのでしょう。ですが、御覧の通りです」
「ほう……次男に実質的な死刑宣告をされたというのに、落ち着いている様子」
「残念ですが、既に、かの森に漂う毒の抗体は作成可能です」
「何!?」
アラガスは本気で驚いた顔をした。
「忘れたのですか!? 二年前、あなたの息子が書いた毒霧竜の毒の解毒薬の論文。これに手を出すことや、解毒薬の更なる研究は王命によって禁じられたはず!」
アラガスは眉間に青筋ができた。
二年前、そう、教会が発表した毒霧竜の毒の解毒薬は、ヴィスタが当時記したレシピによるもの。
ただし、強硬派にいいなりのオードリスは、この論文を無償で強硬派に譲渡し、そして、解毒薬の更なる研究をリドナーエ家に対して禁じた。
「毒に侵された場合に解毒するものではなく、そもそも毒にならないようにする薬。王国と教会、どちらが提示する辞書や法律を確認しても、この二つは全く別物だ。非難するいわれはない」
「ぐっ……あまり調子に乗らないことです。もしかしたら、あなたたちにとって大切な剣が、二度と戻ってこない可能性もありますからねぇ……」
アラガスは歪んだ笑みを浮かべる。
「……十五年前。確かに、私はリドナーエ家に伝わる『宝剣』を、先代国王に渡しました。王は一度だけ、我々から宝剣を借りることが出来るという約束がある。そして、あの湖で起きた決戦の後、崩御。我々に剣が戻ってくることはなかった。そもそも未発見という話です」
「そう、その宝剣です。もしかしたらいつか、ひょっこり出てくることもあるでしょうが……その可能性がなくなるかもしれませんねぇ。確か、リドナーエ家の当主の座を継承するためには、あの宝剣を同時に引き継ぐという儀式があるはず。これは王国法に記載されているものであり、このままだと、リドナーエ家は貴方で潰えることに――」
そこまで。
ゴードンが右手を前に出すと、圧力を感じたのか、アラガスは黙った。
「息子からの書き置きでね……『宝剣に関しては何処にあろうと関係ない。いずれ、リドナーエ家に戻ってくる』と……」
「ば、馬鹿な。一体どういう理屈だ。何を考えている!」
「俺にもわからない。だが、あの子には策がある。俺はそれを信じるのみ。お引き取りを。俺たちに構っている余裕はないはずだ」
「く、くそっ。覚えていろ! 絶対に吠え面をかかせてやる!」
そういい捨てると、アラガスはドアを開けて走り去っていった。
「……なあ、親父」
「なんだ?」
「思うんだけどさ。もしかしてヴィスタって、俺たちの問題を全部引き受けようとしてないか?」
「俺もそう思った。が……こればかりはなぁ」
情けない話だ。
だが、誰にでも得意不得意はある。
物理方面は何もできないヴィスタだが、頭脳方面はめっぽう強い。
「ただ、自分たちで成長することを諦めるのもな。これからは俺たちも学んでいくしかない」
「そうだな。俺も頑張る!」
良い笑顔で頷く二人。
そこに、新しい紅茶が入ったポットと、カップを二つ乗せたトレイを持ったガルドルが入ってきた。
「ガルドル。これからは俺たちもいろいろ学ぶぞ。すまんが、しっかりサポートを頼む」
「もちろんです。ただ……『その本』を見ずに統治できるようになるまで、十年では足りませんぞ?」
「「うるせえな!」」
こっちもわかってんだよそんなことは!
そんな副音声が聞こえる叫び声が、ゴードンの執務室に響いた。