第60話 ヴィスタ・アルバ
「さて、この状況までもっていくのに時間がかかったなぁ」
赤市場で大宴会が開かれているころ。
真夜中の大樹街フレスヴェルは、それはそれは静かなものだ。
ユグシティもそれ相応に遠く、開拓と発展を続けているためフレスヴェルに近くなっているが、真夜中だと普段の喧騒も聞こえない。
「この状況? どういうことですか?」
セラは書類を作りながら視線を向けた。
「まあ、港を作ったんだし、誰かが船で来るってことじゃね?」
ふああ……とダイナがあくびをしながらソファに寝転がっている。
膂力とスタミナにあふれた現場権化のダイナが疲れているのは、魔剣との契約くらいしかほぼないので、相当な速度で何かをしていたようだ。
そして……少し前、ルーディと八風がどのようにしてコンロをキレイにするかの会話の中で、『工事』という単語が含まれていたが、どうやら『港』を作っていたようである。
確かに、港は物流において重要な要素だ。
アルバ大森林は北側が海に面しているため、ここに港を作れば、神聖国と王国、それぞれの北側の港とつながる。
圧倒的な恵みをもたらす世界樹の力と船でつながるという話はとても大きく、ダイナが港を作っているという話が広まった時点で、それぞれの港も拡張工事が始まっていることだろう。
その上で、赤市場という重要地点も開発されているのだから、この地方のインフラ事情はなかなか急上昇している。
「その通り。船でやってくるよ。強硬派の本家本元がね」
「はっ?」
「えっ?」
ダイナとセラはとぼけたような声を出した。
神聖国の強硬派が周囲に侵入しているのが現状だが、『神聖国の北』にその拠点があるという情報を持っていなかったからだ。
だが、ヴィスタの言葉に淀みはない。
「最初に答えを言ってしまうとね。今の神聖国強硬派というのは、西にある縦に伸びた山脈を超えた先にある宗教国家、『神公国ゴッズゴルド』のトップである『ワルドテラス神爵家』の分家が作った工作員たちなんだよ」
「「……」」
絶句している二人。
神公国ゴッズゴルド。
それは、現人神の子孫がその頂点の座を継承する、世界最大の宗教国家だ。
しかし、神聖国よりも西の山脈はなかなか険しく、そして山脈よりも北側にある海は『海王蜘蛛』の縄張りであり、接触がほぼないはず。
ただ、圧倒的な国力を有しており、その人口は六千万人。神聖国の六倍であり、100万人しかいない王国や200万人しかいない帝国との差は圧倒的で、人口千人の大樹国アルバとは比べる資格もないレベルだ。
そんな連中が入り込んで企んでいたと、セラもダイナも想定していなかったのである。
「彼らは山脈の地下にトンネルを作って、そこで物資を運搬して活動してたんだよ。神聖兵団のほうは神聖国出身だけど、『強硬派の神官』は、誰も彼もが工作員で構成されてるね」
「そ、そんなことが……」
「もっとも、山脈の地下を縄張りとするヤバいモンスターもいるから、使える物資はどのみち多くないけどね。ただ、彼らは神聖国と王国と帝国を陰で操り、最終的には『神公国による独占』のために動いてたのさ」
「……じゃあ、手間賃でマスターが書いてる『祖国に引っ込んでろ』っていうのは、『神公国でおとなしくしてろ』って意味だったのか」
「そういうこと。私のほかに気が付いているのは……確信に至ってるのは王国の国王であるオードリス陛下で、ほぼ確信が数人と言ったところかな。『宝剣ニブルヘイム』と『宝剣レーヴァテイン』は、神公国と因縁があって、『彼らの手に一度でも渡る』ということが大きな意味を持つ」
「宝剣にそんな因縁が……数人っていうのは?」
「一人は八風君だ。いろいろ判断材料はあるけど、神公国の人たちが『海王蜘蛛』を討伐可能な船を建造したという情報を彼がつかんだことで、『彼にとっては』ほぼ確信と言ったところだね」
「海王蜘蛛を倒す……いや、それだけなら俺たちもできるけど、生態系がヤバくないか?」
「ヤバいよ。生態系もそうだけど、神公国が来るというのもヤバい。それゆえに、世界樹の力を使いたいだなんて建前を使って、神聖国、王国、帝国の三か国に私を巻き込みたくて赤市場を作ろうとしてたのさ」
「……」
「何なら、ルイベル君がアルバに持ってきた『加工された毒霧竜の角』だけど、これを加工したのは八風君だよ。今頃、赤市場とソードハウスを直接つなげられる通信拠点を計画しているところだろうね」
「……はぁ、で、数人ってことは八風一人じゃねえよな」
「後はシンプルに、神聖国にいる『賢人学会』だね。というか、この学会の設立理由に、神公国への対抗が含まれてるから、当然と言えば当然だけど」
「なるほど、シンプルだな。全然気が付かなかったけど」
「まあ無理もない。彼らだって頑張ってたし、隠ぺい工作だって慣れてるからね」
ヴィスタは表情を先ほどから変化がない。
『どうということはない』。そんなふうに考えているのがよくわかる。
「しかしまぁ、痺れを切らしたといった方がいいのかな。帝国と王国の戦争の決定打。湖の大氾濫。毒霧竜の出現。いろいろ頑張ってるけど、上手くいってないからね」
「ぜ、全部にかかわってるのか!?」
「そりゃね」
「王国と帝国の戦争……確か、両国の国境におけるモンスターの大量発生で、どちらが多くのモンスターを倒せるかの勝負が繰り広げられたとか。あまりにも競争がルール無視になったことで『戦争』と呼ばれていますが……」
「湖の氾濫も毒霧竜の出現もあいつ等のせい……って、全部モンスターの出現じゃねえか。神公国って、そういうのが得意なのか?」
「当たり前でしょ。軍事力で攻め込みましたって言ったら国際社会から非難されるけど、モンスターに襲われたところを撃退したから見返りを貰いますっていう方が通りやすいもん」
「「……」」
汚れているというか、倫理観がないというか、あんまりな話に言葉が出てこない。
「しっかし、私も世界樹の力を手にするタイミングの調整をどうするか、昔は迷ったものだけど、利用しやすい主義を敵が掲げてるというのはいいね」
「え?」
「『透明魔力説』……私がアルバ地方に追放された原因で、確かにこれが通ると、『回復魔法の独占ができない』という事態に発展する……が、私が書いた論文のことが気に入らないのは、この神爵家のほうでね。彼らは『神属性属性』なんていう、『神爵家にしか使えない』と思わせたい魔法を抱えてるんだよ」
「治療師たちにとって回復魔法は重要ですが……いや、『回復魔法なんて安物な話はカモフラージュ』ってわけですね」
「そういうこと。だけど、私がそれを原因に処刑されてしまったら、逆に『透明魔力説』の論文を研究するものが出てきてしまう。それは避けたいから、『まだ緩い方』である追放処分で済ませるようにいろいろ仕込んで調整したよ」
「それで、『毒霧竜を放り込んだアルバ大森林』という、絶好の環境を使ったと」
「まあ、彼らが毒霧竜の卵を持ってることも最初からわかってたけどね」
まだ、ヴィスタの表情は変わらない。
「今の条件がいいんだよ。どのみち、神公国が私たちにとって煩わしい存在として目の前にやってくることはわかってた。『独占』が彼らのスローガンだからね。『世界樹』なんて、わかりやすいものが、しかも『船ですぐに行けるところ』にあったら、刺激しやすいのはむしろ簡単な予想だよ」
「あいつらは、世界樹の存在を知ってたのか?」
「知ってはいたが、謎解きはわからなかった。というより、謎を解くためにアルバ大森林に踏み込んで、あの枯れた大樹までたどり着いたのはいいけど、何をすればいいのかわからなかったから、腹いせに毒霧竜の卵を置いていったんだよ」
「……なんていうか、呆れるな」
「何をしても許される……いや、咎められることそのものが不条理だと考えてるんだろうね。大昔の人が、七つの大罪に『傲慢』を入れた理由がわかるってもんさ」
ヴィスタは空を見上げた。
「さて……ちょっと、アルバが最強国家になっちゃうかもしれないけど、まあそれはそれでいいか。いろいろ奪わせてもらおう」
次話から三章……多分最終章になります。




