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第6話 【実家SIDE】ヴィスタがいなくなったリドナーエ家

 ゴードン・リドナーエ


 リドナーエ伯爵家五代目の当主であり、武闘派貴族とされるこの一族において、もっとも高い戦闘力……というか、戦闘センスを持っている。


 剣を握り、馬に乗って討伐に向かう姿は絵として残されるほどの勇ましさを誇り、十年以上前の『大戦』……王国と神聖国の間にある湖で発生した大量のモンスターの制圧において多大な功績を残したことは記憶に新しい。


 しかし、伯爵家と言うからには剣を振るうだけでなく、領地を運用し、そして周囲にいる他の貴族家の面倒を見る必要がある。


 リドナーエ家の領地には『ダンジョン』と呼ばれる、倒すと魔石のみを落とす特殊なモンスターが跋扈する環境があり、魔石は生活に使う魔道具に使うエネルギー源として利用可能。

 三代目当主。ゴードンの祖父にあたる人物が予算を投じてマジックアイテムの開発に着手し、低価格で普及させることに成功。


 ただし、ダンジョンは小型のため管理は行き届いているが、領地が広がり、面倒を見る場所が多くなれば供給が間に合わなくなり魔石の価格がインフレすることは自明の理。


 そして……二代目の時に騎士爵。三代目の時は準男爵家であり、面倒を見なければならない部分が少なかったのだが、四代目が王国の南にある『帝国』との戦争で多大な功績を上げた。

 加えて、リドナーエ家周囲の土地を管理していた貴族たちの当主戦死と数々の失態の影響で、男爵と子爵をすっ飛ばして一気に伯爵家まで爵位が上がってしまった。


 それゆえに、伯爵領として領地が広がり、その周囲にいる貴族たちの面倒を見るハメになり、四代目とその子供であるゴードンは、それまでの統治が全く通用しない時代に直面する。


 戦争の傷跡が深く、どこにも余裕がない。


 信用できる商会に魔道具の設計図を送り、魔石を集めて運用するとしても、研究に適正があったのは三代目であって四代目は根っからの武闘派のため、燃費の効率性が上がらない。


 魔道具の普及によって生活が豊かになれば、リドナーエ家の統治に対して悪感情を軽減できると踏んでのもの。

 しかし、魔石がなかなか集まらず、各地のダンジョンから取れる魔石はその周囲の冒険者ギルドと商会が独占状態で思うように魔石が集まらない。


 戦争の影響で王家の備蓄も少ないため頼れず、神聖国に借金までして魔石を集める事態にまで発展し、根っからの武闘派と呼ばれた四代目が憔悴しきった状態で、ゴードンが伯爵家を継ぐこととなった。


 そんな状態だったが、この数年後、とあることが起こる。


【伯爵家次男、ヴィスタ・リドナーエの物心がついた】


 ヴィスタは慌ただしい家の様子を見て、火の車……というより全焼寸前になった状態を素早く察知し、魔道具の燃費を良くする設計図を書いた。研究はしていない。いきなり設計図を書いた。


 加えて、リドナーエ家には初代から関係が続く飲料水販売に手掛ける商会があったため、この商会の加工技術と販売網を駆使し、嵩張る魔石を持ち運びやすい『魔力水』に変換する技術を作り、普及させる。


 リドナーエ家が古くから持っていた小さいダンジョンと、四代目の奮闘の末に勝ち取った魔石の買取契約で、エネルギーがむしろ余る状態に至る。


 そこからは生活関係の魔道具だけでなく、重労働を解消するアイテムも開発し、神聖国の穏健派と懇意にしている商会に様々な商品の余剰分を売って神聖国の通貨を手に入れて、借金を返済。


 さらに取引を行い、輸出をして外貨準備すら可能なレベルになった。


 ……要するに。

 そう、要するにだ。


 神聖国の『過激派』にとって、ヴィスタ・リドナーエという少年は、帝国との戦争で弱った王国貴族に金を貸し、『暗躍の基盤を作る計画』の、『最悪の障害』となっていた。


 ★


 ヴィスタが家を去ってから一週間以上が経過したリドナーエ家。


 ゴードンは最近、書斎で苦笑することが多くなった。


 彼は書類をまとめているところなのだが、その傍らには本を開き、フローチャートのような形式で分かりやすくなった図を指で追っている。


 本は見事な装丁であり、紙質も優れ、防腐処理もしっかり施されている。


「これで今日の分は終わりか」


 三センチほどの高さに積み上がっている書類。

 正直に言えば、伯爵家の当主としては明らかに少ない方だろう。


 簡単に言えば官僚制。上が管理するところはしっかり管理し、権限を与えて任せる部分はしっかり任せる。

 そういう部分がしっかりした結果、上の人間の書類が少なくなっているのだ。


 ……決して、当主が馬鹿だから書類を少なくすることを優先したわけではない。決して。


「はぁ……一体いつ、こんなものを用意したのか」


 本を閉じる。

 そばに栞のような細長い紙が置いてあるが、これは単純に馬鹿だから挟むのを忘れただけ。


 で、一番後ろを開く。そこには、


『監督 ヴィスタ・リドナーエ』

『執筆 セラ』

『製本 ダイナ』


 といった内容が記載されている。

 ちなみに本のタイトルは『ゴードン・リドナーエでもわかる領地経営』である。馬鹿のしすぎもここまでくると清々しいものだ。


「本当に助けられる。この本がなかったら、一体どうなっていたことか」


 体力などほぼ皆無のヴィスタは引き継ぎすらほぼできない。

 アルバ地方への追放は急に決まったことであり、そういう意味ではどうしようもなかった。


 だが、ヴィスタの部屋を確認すると、机の上にはこの本が置かれており、これを見つけた時のゴードンの安堵のレベルと言うと、長男が生まれた時くらいに匹敵した。


「ふぅ……」

「親父! 聞いてくれ!」


 ドアを蹴破るかのような勢いで誰かが入ってきた。


 父親譲りの金髪を切りそろえた青年で、細く引き締まった体の持ち主。

 その顔は笑顔に満ち溢れている。


「リューガ。少し落ち着け。一体何があった」


 飛び込んできた青年はリューガ・リドナーエ。

 リドナーエ家の嫡男にして次期当主。ヴィスタの兄だ。


「息子が、俺の息子が生まれたんだよ!」

「何!?」


 落ち着けと言ったゴードンだったが、息子が産まれたという言葉に驚愕。

 そう、長男であるリューガから息子が産まれたとなれば、その子もまた、リドナーエ家の継承者になるということだ。


「そうか、息子が産まれたのか。リドナーエ家も安泰だな」

「ただ……」

「ただ、なんだ?」


 若干落ち込んでいる様子のリューガ。

 これほど元気なので病気と言うわけではなかっただろうが……。


「俺が抱き上げるとめちゃくちゃ泣くんだけど、どうすればいいんだ?」

「ブフッ!」


 思わず吹き出すゴードン。


「何吹き出してんだ親父!」

「いやぁ、すまんな……お前そっくりで笑っただけだ」

「え、お、俺そっくり?」

「お前も生まれたばかりの頃は、俺が抱き上げたらずっと泣いてたぞ。アメリスにばかり懐いて、俺も困ったのは今も覚えてる」


 『お母さん大好き』を地で行く赤ちゃんだったのだろう。


「そ、そうだったのか……で、どうやったら泣き止むんだ?」

「お前と同じかはわからんが、そうだな。生まれたばかりの頃は……これ、誰にも言うなよ」

「ん?」

「アメリスが使っていた香水を自分にかけた」

「墓場まで持って行くよ」

「よろしく頼む。ただまあ、数秒で泣き出したし、頬にビンタされたけどな」

「そりゃそうだ」

「アメリスからはグーをボディに入れられた」

「バレてたのかよ!」

「そうなんだよ。隠し見てたメイドがチクりやがった。というか、旦那から自分の香水の匂いが漂ってきたらそりゃ分かるよなーって、後になって気が付いた」

「……」


 リューガは何かをあきらめたようだ。


「親父、参考にならねえな」

「俺が参考になる知恵を持ってると思ってたのか?」

「ンなわけねえな」


 まあ、赤ん坊の反応などわからないものだ。


「どうすりゃいいんだろう……そうだ。ヴィスタなら何かわかるかも」

「あー……ヴィスタなんだが……」

「え、何かあったのか!?」


 声を荒げるリューガ。

 ヴィスタは貧弱体質なので、何があってもおかしくないからだろう。


「アイツの論文が【教会】の急所を突いてな。アルバ地方に追放されることになった。ダイナとセラが一緒にいる」

「ヴィスタがアルバ地方に!?」


 アルバ大森林と毒霧竜の存在は、当然リューガも知っている。

 数秒考えて……。


「……総合的に、俺らの方がヤバくないか?」

「情けないがな」


 セラとダイナがついているとなれば、ヴィスタは問題ない。

 【教会】の急所を突いたという話も、ヴィスタの頭脳なら正直、朝飯前だ。まあ朝飯をヴィスタはまともに食えないけど。


 それはともかく、領地経営をヴィスタ抜きで継続するのは、不備が出る可能性が非常に高い。


「だが安心しろ。アイツはこんな本を用意してたんだ」


 そういって、本を見せる。


「……ヴィスタって親父を馬鹿にすることに遠慮がねえよな」

「期待してないって言われたからな……」


 遠い目をするゴードン。

 まあ、息子からそんなことを言われたら面目も沽券もあったものではない。


「そういえば、この本の付録に何か書いていたような……」


 本の最後の方を開いて、その目次を見る。


「……『リューガ・リドナーエの長男を大人しくさせる方法』という項目があるな」

「気色悪っ!」

「そういうな。ええと……頭に息を吹きかける。と書かれてるな」

「?」


 聞いてもよくわからないリューガ。


「まあ、後で試してみるか」


 リューガが頷いたとき、扉をノックする音が響く。


「なんだ?」

「ゴードン様。私です。入ってもよろしいでしょうか」

「ガルドルだな。入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは、初老の男性。

 銀髪をオールバックにして燕尾服を着用しており、体格もよく、【出来る執事】といった雰囲気を放っている。


「それで、何があった。いや……この本の付録に書かれてたんだが、教会の関係者か?」

「ええ、いらっしゃっています」

「それで、もう扉の前で待っていると……入れろ。俺が対応する」

「畏まりました。が、台本が途中で飛ばないよう、お気をつけて」

「やかましいわ」


 執事にも信頼されていない。

 これがリドナーエ家の長男クオリティである。世も末である。


 ガルドルが部屋を後にすると、ゴードンは溜息をついた。


「親父」

「安心しろ。ええと……最初に何を言うんだったっけ?」

「……」


 少なくとも安心はできないリューガであった。

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