第56話 筋肉の塊を転がすのも楽じゃない。
ベレンゼとダンストンは赤市場で何とか拠点を確保したようだ。
そう、『流通面にあんまり不足せず、あんまり目立たず、あんまり狭くもない場所』があったので、そこを利用しているようだ。
……あらかじめ補足しておくと、ヴィスタは問題児であろうと熱意があれば利用するタイプである。
どんなに優れた作戦も、熱意と自信にあふれていないと速度が出ない。
というわけで、ヴィスタにとって二人は利用価値のある人間なのだ。
行動力のある敵を利用するというのは策略家にとってよくあることだが、その原則はヴィスタにも当てはまる。
……ということを、世の中の策略家を自称するものは認識くらいはしている。
そのため、帝国のやり方に毒されたベレンゼやダンストンをうまく誘導すれば、『強硬派の排除』という成果になるのでうまくいきそう。と考えている連中もまた多かった。
しかし、ヴィスタが絡むとなると途端に面倒……というか気持ち悪くなるので、四か国が集まる重要地点ではあるが、水面下の動きも静かなものである。
「とはいえ、あまり裏でゴチャゴチャされても困りますけどね」
「帝国民の思考回路って単純だけど、単純だからと言って予測するのが簡単という訳ではないからね。勝手に引っ掻き回して、よからぬ方向に行くことは間違いないから」
ルーディと八風は休憩中。
赤市場での中で一番規模が大きく、重要な倉庫に入ってきたものを確認して、ヴィスタの予想リストと完全に一致していたので二人そろって苦笑していたところだ。
二人はまだヴィスタ慣れしていません。
「帝国民の行動の予測は、新しいことを一度始めるともうわかりませんからね。帝国に留学した時、どうしたものかと迷ったことが多々あります」
「え、帝国に来てたことがあるのか?」
「はい。もう四年も前になりますね。あの頃はよく、体重が倍はありそうな筋肉の塊を転がしていたものです」
「何があったんだ?」
八風は頬が引きつっているが、ルーディは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
……正直、そんな穏やかな笑みを浮かべるような場面ではないと思うが。
「こちらの学びたいという意思に対して、いい関係を築こうとはしてくれます。しかし、誰に何かを聞いてもよくわからないという答えがよく帰ってきますからね」
「……まあ、そうだろうね。普段から勘と慣れで動いてるだろうし」
勘と慣れで動いているということは、言い換えれば『自分の行動を言語化する』という作業をしていないのだ。
そのため、周りから見る分にはすごく速く見えるし、実際に速いのだが、物を教えるとなると途端にポンコツになる。
「ただ、とりあえず腕力は必要だと判断したので、腕力はつけました」
「……」
八風はルーディの腕を見る。
貴族出身の若い女性らしい、ほっそりとしたものだ。
(そういえばSランク冒険者をワンパンだったな)
さすがに腕力もないのにワンパンはできないだろう。
その、一撃で倒すという意味ではなく、本当に拳でケリをつけるという話になってしまうので、なんだかモヤモヤするが。
「いい人たちですよ。ただ、話が通用しません。叩き潰しても分かりません」
「叩き潰したらそりゃわからんだろ」
「帝国民の皆さんはよく何かと叩き潰しますよ?」
「……」
否定はしない八風。
「そんな彼らを、作戦で上手く利用するというのはとても困難ですからね」
「まあ、それはそうか」
なんせ、二十年以上もかけて共産主義的な思想をうまく植え付けようと頑張った結果、帝国民が今まで以上にコーラを飲むようになっただけという、頑張った身からすると涙を流さずにはいられない状態なのが帝国だ。
ある意味、他国の思想に影響されないという証明でもあるが、いくらモンスターの出現数が多いからと言って限度があるだろう。
「一体、どうしたこうなったんだろうなぁ」
八風は紅茶を飲みながら、ベレンゼやダンストンの奮闘が、何か実りのあるものになればいいなと思っていた。
あの、敵ではあるのだが、なんだかすごく頑張っている人という印象であり、責める気になれないのである。
裏宰相としてはそんなことは言わないが、朝森八風としては、彼らをなんとなく応援していた。




