第53話【強硬派SIDE】 帝国で共産主義を仕込もうとしたら強酸主義になる。
神聖国、王国、帝国。
これらは『強硬派暗躍地域』と言っていいエリアなのだが、この中で最も苦労している暗躍者たちが誰なのかという話をすれば、全員が『帝国』を出すだろう。
なんせ、都市と都市をつなぐ道であってもモンスターがかなり湧き出てくる危険地帯が多いため、大型の物資を運ぼうとすればすぐにモンスターに襲われて荷車がボロボロになる。
暗躍するというのも決して楽なことではない。
そして、自分の意見を何も持たないような一般ピーポーならば煽るのはたやすいのだが、帝国民も別に大した意見は持っていない。
ただ、強烈に大雑把なうえに器がめちゃくちゃデカいのだ。
先ほども言ったように、都市と都市をつなぐ道であってもモンスターが大量に湧くような場所なので、届くと思ったものが届かなかったりすることは日常茶飯事。
国家主導でそれらの問題を解決するのではなく、各々が筋肉でどうにかするという野蛮もいいところの方針であり、しかもなぜかほとんどの国民がそれに同意している。
そしてそれゆえに、実は『所得格差』がある。
一つ目に腕っぷしが強い。二つ目にモンスターの素材の加工技術を持っている。という二つの要素は、帝国において活躍の場として王道である。
そうして手に入れた素材は輸出するうえで魅力的なカテゴリなため、『加工したモンスターの素材』にかかわれる産業は高所得になりやすい。
そしてそれゆえに、『腕っぷしが強くなく、加工技術もない人間』はそうして産業にかかわれず、モンスターに襲われる可能性がある農業に従事することが多い。
農業というのは国家主導でなければ発展はせず、現在、食料はかなりの量が他国からの輸入であるゆえに、食料産業はあまり発展していない。
そういうわけで、帝国の中でも当然『格差』はあるのだ。
で、格差というテーマを持ち出せば『不満』につながりやすく、これを煽れば、格差是正を訴える民意が広まり始める。
格差是正という要素のみで言えば『道義的に正しい』ため、正義を感じやすいのだ。
最も、物事を説得するときに理屈ではなく動議を持ち出す人間の多くは詐欺師かバカの可能性が高いのだが、それは社会というものをしっかり勉強していないと分からない。
で、社会を勉強していない帝国民なら騙せるとして、『格差是正』の極論である共産主義を広めたことがある。
財産を私有ではなく共同体による所有にすることで、個人の話である格差をなくすという思想である。
当然、ここで『共同体』に集められた財産を、上手く書類をいじって強硬派のものにしようという『裏』があった。
強硬派のテーマは『独占』であり、個人でやたら財産が散らばっているのは扱ううえで効率が悪いということもある。
腕っぷしや加工技術という、どうしても『個人』に帰結しやすい能力要素の社会の中で、『多くの財を集められる場所』が欲しかったということもあるだろう。
で、これらの話が広まり、帝国民、それも所得の低い者たちが集まって『議論』する段階にまでなったのだ。ちなみに共産主義への暗躍路線を開始してから二十年たってます。
議論する場所には、帝国の中では賢いと判断された学校を卒業しているものが多く、その議論は帝国の中でも珍しく五分も続いたのだ。
……。
この時点で怪しい雰囲気が漂っているが、彼らの結論を言おう。
『コーラは美味い。みんなで飲もう』である。
帝国民にとって、『きょうさん』という音の響きは、小難しい理論よりも『強い炭酸』を意識しやすい……のだろう。多分。知らんけど。
というわけで、帝国へ出張していたリドナーエ家御用達の飲料水商会であるアクアス商会がめちゃくちゃ儲かったというオチが待っていた。
この結末を見届けた強硬派暗躍班の絶望は想像に難くない。
まず、こいつらに『資産』というものについて考えさせて、『格差』を認識させ、『不満』につながる教えを広め、一日経ったらすべて忘れるバカどもに『議論』の場を用意したのだ。
帝国民が『共産主義について議論をしよう』と言い出した時の彼らの感動は絶頂中の絶頂である。
で、二十年の暗躍の末、手にした成果は『帝国民が今までよりもコーラを飲むようになった』である。
……ちなみに、帝国に密偵を放っていた王国の国王であるオーゼルトは、これを聞いて腹を抱えて笑った。
それと同時に、理解していないものに何かを理解させるということがどれほど困難なのか。ということと、『国民性』という言葉の強さを知った。
そもそも。
帝国民は『筋力』と『加工技術』という、あまりにも揺らがない『実力』があるのだ。
格差に関しては確かにない方がいいのは事実だが、それでも筋力と加工技術だけで人間は生きていけず、『その間をつなぐ仕事』は必ず発生している。
要するに、あまりにも揺らがない『実力』と、それらをつなげる『仕事』があるのだから、帝国民は『心のどこにも不満など抱えてない』のだ。
確かに格差というものがあるのはわかった。みんなで話す必要があるかもしれない。という考えを持つに至ったのは事実である。
ただ、それが『どうでもいいこと』に変換されるのがすごく速い。
最も大きな要因は、帝国民は『許す』という経験値が世界中のどの国家よりも高いことだ。
なんどもいうが、モンスターの数があまりにも多く、人間の最も重要な社会要素である『物流』が上手くいかないことが多い。
物流が上手くいかないということは、それによって被害を受ける者が多いということだ。
だが、彼らは
『モンスターに襲われたんだろ? それに俺たちだって大雑把で、モンスターが出てなくてもわけわからんミスするしな。気にすんなよ!』
ということを平気で言う。素で言う。
人間は『許す』という経験を積むことで、『人としての器』を大きくしていく。
ミスをした人間とそれによる被害者を眺める『第三者』の立場が少ない上に、『適当に非難だけして、相手の謝罪を受け入れず、満足するか興味がなくなったら適当に離れる』という、何のリスクもない批判をする経験がない。
まあ、だからこそ他国から大雑把と呼ばれることが多い。
そんな国家で暗躍するのは並大抵のことではない。
そしてその暗躍者たちの目と鼻の先に、『クリムゾン・クレイドル』という、絶好の暗躍場所ができた。
『動き』を始めるのには、十分な理由であろう。




